第11話:竜の災福


 そこから始まったのは、あまりに一方的なワンサイドゲームだった。


 キリヤが地面を蹴ったと同時に加速。橋の向こうを陣取る襲撃者達を強襲する。


「なっ!? 馬鹿な!? 毒が効いていない!?」

「か、囲め!」

「敵はたかがガキ一人だ!」


 だが、<竜脈>によって身体能力を強化したキリヤを、彼らが捉えられはずもない。回し蹴りによって、三人の襲撃者が同時に吹っ飛んだ。


 無事だった襲撃者の一人がナイフを閃かせるが、キリヤはそれをあっさりと蹴りで刃を止めた。


「嘘だろ……」


 襲撃者の驚きの声が上がり、彼の持つナイフの刀身が砕け散った。


「で、次はどうする? 命乞いか? それともまだ別の手札が残っているのか?」


 キリヤの言葉に、襲撃者達がお互いに目配せをすると――素早く反転、一斉に闇へと消えていく。


「かっかっか……逃げ足の早いこって。向こうも大丈夫そうだな」


 キリヤが橋の後方を見ると――


「馬車の後方を護れ! 奇襲さえなければ勝てるぞ!」


 無事だった薔薇騎士ローゼンナイト達が態勢を立て直し、反撃を行っていた。前からの攻撃がキリヤによって止まったので、こうなってくると単純に個々の実力と装備差で勝負は決まってくる。


 後方の襲撃者達も反撃を受けると、即座に撤退していた。


「終わりだな。やれやれ、準備体操にもならなかった。じゃ、後は任せたぜ……俺。とりあえずこれぐらいの雑魚なら俺様じゃなくてももう対処できるだろ? ああ、そうだ。性に合わないからこのスキルについてはお前が使えよ――<蛇巻きの杖アスクレピオスケイン>」


 その言葉と共に――キリヤの意識は途絶え、代わりに俺の手には、蛇が巻き付いた木製の小さな杖が現れた。


 脳内で、そのスキルの効果と使い方がまるで忘れていた思い出の如く蘇ってくる。


 どうやらこのスキル<蛇巻きの杖アスクレピオスケイン>によって召喚出来るこの杖は――自身がこれまでに受け克服した毒に限り、この杖で触れることで第三者を治癒できるようだ。それに伴い、多少の傷も治るそうだが、そちらはオマケなのかあまり効果は高くない。


 俺は早速、アビスヴァイパーの毒で痺れて動けなくなっていた薔薇騎士ローゼンナイト達を杖で触れていく。杖が触れると淡い青色の光が彼らを包んだ。


「……痺れが取れた」

「矢傷も塞がったぞ!?」

「まさか……治癒魔法か? ありえん」


 次々と薔薇騎士ローゼンナイト達が立ち上がり、信じられないとばかりに俺を見つめた。


「そういうスキルみたいで……」


 そういえばローヌが言っていたが、治癒系の魔法やスキルはとても稀少なのだそうだ。この国でも使い手は数人しかいないとか。


 だから、彼らが驚くのも無理はない。


「毒は治せますが、傷については塞がる程度と考えて、治療はちゃんと受けてくださいね」


 俺がそう言うと、彼らが嬉しそうに頷いた。

 

「いや、毒が消えただけでもありがたい……! ありがとう」

「助かったぜ毒見役! お前強いとは聞いていたが治癒もできるなんて凄いな!」

「命の恩人だ。この礼はいずれまたさせていただきたい」


 なんとなく距離を感じていた薔薇騎士ローゼンナイト達だったが、ここに来て急に信頼を得られた気がする。まあ命を救ったのは事実だし、素直に受け取っておこう。

 

「後ろの連中も治してくるよ」


 俺がそう言って、馬車の後方に回ると、


「キリヤ! 無事か!?」


 リヨンとローヌが俺を見て声を上げた。


「ああ、何とかね。ロゼ様は?」

「大丈夫、中にいるよ」

「そりゃあ良かった。ちと騎士達を治してくる」


 俺は後方で倒れている数人の薔薇騎士ローゼンナイト毒を治癒していると、ロゼが馬車から出てきた。


「皆様、怪我は?」


 ロゼが心配そうにそう声を掛けるが、幸い致命傷を受けた者はおらず、毒も俺が治したのでほぼ全員が動けるようになっていた。足に矢を受けた者もいたが、馬に乗る分には支障はないと言う。


 俺も、起こったことや新たなスキルについて説明する。


「橋の向こうを<蛇視>で視る限り、とりあえずは安全です」

「キリヤ、ありがとうございます。危うく立ち往生するところでした。おそらく、ヴァン街道の橋を落としたのも彼らでしょう」

「ええ。ですが、この先にも襲撃者が潜んでいる可能性があります。気はまだ抜けませんよ」


 ここで朝を待つ方が賢明かもしれない。


 そんな俺の考えをよそに、ロゼがパンと手を叩くと、声を上げた。


「負傷者は馬車の中へ。それ以外の者は隊列を組み直してください。このまま。キリヤ、武装していない貴方に任せるのは気が引けますが……その目で先導していただけますか」

「それは構わないですが、大丈夫でしょうか? 今回は撃退できたが次も上手くいくとは限らないですが」

「大丈夫です。今日はもう何も起こりません」

 

 まただ。ロゼは、前のあの夜もそんなことを言って、王宮を抜け出した。


 一体その自信と根拠はどこから来るのか。


 俺の視線を受け、ロゼが目を細めた。


「私が持っているスキルのおかげ……と言えば納得しますか?」

「スキル?」

「……キリヤは<竜の災福>というおとぎ話を聞いたことありませんか? あるところに、とても自然豊かな土地がありました。人々は魔物に怯えながらも自然の恩恵によって実りある日々を過ごしていたそうです。ところがある日、どこからかやってきた竜によってその土地は焼き払われてしまいました。生き残った人々はその不幸を嘆くも、その焼き払われた土地から魔物がいなくなり、大地の砂が黄金色に、石が宝石のように輝いていることに気が付きました。この砂金と宝石によって人々は財産を築き、魔物に怯えることのない豊かな暮らしを取り戻したそうです。このおとぎ話と、私のスキル名は同じなのです」


 塞翁が馬に似た話だが……つまりそれは――


「私のスキル――<竜の災福>は、常時発動型のスキル。けども、その災いを乗り越えさえすれば……あとは自身に良いようにしか回らなくなる祝福を得られます。キリヤ、貴方と初めて会った日……あの日に私のスキルが発現し発動しました。結果ウィレーズ卿が私の命を狙うという災いが起こったのです。だけどもそれを乗り越えたから祝福を得られ、あの日は王宮を抜け出そうと何をしようと、絶対に私にとって悪い事が起こらないという確信を持てた。そして今日もまた同様――夜襲という災いを乗り越え、祝福を得た私を脅かすものはもう何もありません」

「なんだよそのスキル。それはあまりに……」


 あまりにも最悪じゃないか。いくら、乗り越えられたら祝福を得られるからって、定期的に災いを呼び寄せるなんて最悪なスキルだ。


 それにあの夜、ロゼにとって良い事なんてあったのか? 無事に王宮に帰れたこと祝福だと言うのなら……あまりにリターンがリスクに見合ってなさすぎる。


「私の暗殺や毒殺が露骨に始まったのも……このスキルが関係しているのでしょう。運命と言ってもいい。でも、私は乗り越えられると確信しています」

「それは……苦難の道ですよ」


 俺はそう絞り出すようにそう言葉を返した。そう返す他なかった。


「王になろうと言う人間は、いずれにしたって苦難の道を歩むもの。覚悟はとっくに出来ています。さあ進みましょう。しばらくの間、絶対に安全ですから」


 そうしてロゼの号令の下、俺は先頭を行き、隊列を導いた。


 いくらそんなスキルがあろうと、俺は警戒をし続けた。絶対に安全なんていう言葉を、俺は信じられなかったからだ。


 だけども。

 彼女が言ったように。

 結果として――その夜も、その翌日も、何事も起こることがなかった。更に後から聞けば、迂回路の一つである北ルートの森で、魔物の一種であるワイバーンが大量発生し大被害が出たという。


 もし南を選ばずに北に行っていたら……危なかったかもしれない。


「それもロゼのスキルの効果か?」


 おそらくあの時に北ルートを選んで、ワイバーンに襲われるという災いを乗り越えていたら、きっと南ルートも何かとんでもないことが起きていたのだろう。


 そしてそれを回避できた事実が〝祝福〟ならば……やはりロゼの持つ力はスキルなんかではなく、呪い――と形容した方が良さそうだ。


 しかも彼女自身ですらいつ災いが来るか分からず、そしてその後の祝福もいつ消えるか分からない。大体の周期があるそうだが発現してからまださほど日数が経っていないせいか、まだまだ未知数な部分が多いそうだ。


 十六歳の少女が背負うには、あまりに重い呪いだろう。


「だからルージュ様は……ロゼを護れと言ったのか」


 その呪いは俺の背中にも、のしかかってきているように感じてしまう。

 

 そんなことをずっと考えている内――ようやく俺達はバルト州の州都であるアンシアに到着したのだった。


「断定は出来ませんが、しばらくは何も起きないでしょう。今のうちに調査を進めましょうか」


 ロゼの言葉に、俺とリヨンが頷く。


「さて……やることは沢山あるぞ。ワイナリーとブドウ畑も見たいし、ウィレーズ家の歴史についても調べる必要がある。リヨン、例の古代文字については本当にアテがあるんだろうな」

「うん。あの文字、実は見た事があるんだよ」

「どこで見たんだ?」


 俺がそう聞くと、なぜかリヨンが胸を張ってこう答えたのだった。


「このバルト州が誇る一大観光地にして、【霊王歴】以前の古代遺跡――〝イリス竜院跡〟だよ!」

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