第4話:どうやって毒を入れた?
「 くそ! 毒見はしたはずなのに!」
ローヌの声が聞こえる。
さっきの謎の声の後から、俺の体調はすっかり元通りになっていた。すると、慌てた様子で白いローブを着た妙齢の女性がやってきて、何やら俺に緑色の光を浴びせてくる。いや、眩しいんだが。
「あれ?」
「どうしましたか、クレマン先生」
その白いローブの女性――どうやら医者であるクレマンが困惑した表情で俺を見つめた。
「いえ、毒が……もう無毒化してるわ……どうして? ヒュドラ毒のはずなのに、ありえないわ」
「ありえん……そんな馬鹿な」
「ヒュドラ毒!? 即効性があり致死性が高いと言われる毒ですよね……?」
ウィレーズ卿とロゼが驚いたような声を上げる。
ヒュドラが何か知らんが、そんなヤバい毒なのか。俺の身体はもうピンピンしているのだが、何となく起きづらい雰囲気だ。
「えっと……それ多分、俺のスキルのおかげかも」
倒れた状態で俺がそう言うも、クレマンとローヌは困惑した表情のままだ。
「なんかスキルが毒を無効化したみたいで……多分、大丈夫です」
俺は起き上がりながら、そう説明する。いや、酷い目に合った。まさか本当に毒が入っていたとはね。
「そんなスキル……聞いたことがない。毒を無効化なんてありえん……ありえんぞ!」
ウィレーズ卿が信じられないとばかりにそう叫ぶ。
「いえ……彼は今日、虹色のスキル反応を見せました。そしてシャルル神官長が、毒見役に高い適性があると仰っていました。きっと……そういうことなのでしょう」
ロゼの言葉を聞いて、クレマンは納得のいかないような表情を浮かべる。
「虹色? それも聞くのは初めてだけども……確かにヒュドラ毒を無毒化している時点で、そうとしか思えない……」
「毒を別のスキルに変換? する効果らしくて……いや俺も良く分かってないんですけどね」
「ということは、その無毒化するスキル以外のスキルも……発現したのですか?」
ロゼがそう聞いてくるので、正直に答える。
「効果も使い方もさっぱりですが、その通りです」
「凄いスキルです……普通、スキルは一人につき一つとされています。なのにキリヤ、貴方は複数所持していることになるのですね」
「あはは……他のスキルはともかく、確かに毒見役にはうってつけかも」
俺は苦笑する他なかった。あの苦しさは二度と味わいたくないが、死ぬよりはマシだ。
「とにかく、ロゼ王女も彼も無事で何よりだ」
なんてウィレーズ卿が笑顔で言うが……。
「ですが……一体、ヒュドラ毒はいつ混入したのでしょうか。このワインは毒見したのですよね?」
ロゼが目を細めながらウィレーズ卿を見つめている。ああ、この子は勘が良いな。
俺は大きく頷き、その言葉に答える。
「もちろんです。だから、気付けたと言ってもいい。香りが全く違いましたからね」
「ではいつ、どうやって毒を」
考えられる可能性はいくつかあるが、まずこれだろう。
「間違いなく、あのゴブレットでしょうね」
俺は、毒入りワインの入ったゴブレットを睨み付けた。
「確かに、このゴブレットの中のワインから、ヒュドラ毒が検出されたけど……」
クレマンの言葉に、ローヌも頷く。
簡単な話だが、意外と引っかかる人が多い問題だ。
ワインに毒はありません。だけども注いで飲んだら、毒が入ってました。
さて、どうやって毒を入れたでしょうか? やり方は色々あるが、一番シンプルなのは――
「
俺の言葉に、案の定――ウィレーズ卿が眉をつり上げた。
「ふざけるな小僧。儂が用意したゴブレットに毒だと? 馬鹿が! このゴブレットは事前にそこのメイドに検査してもらっているぞ!」
怒りの形相でウィレーズ卿が俺とローヌを睨み。
「……ウィレーズ卿の言う通り、確かにあのゴブレットは昼食会の直前に調べてある。私も立ち会ったから間違いない。ウィレーズ卿が直接お渡ししたいと言うから返しはしたが。だがそれも、あの席に着いてからだ」
「ならば、その時に毒を塗ったというのは?」
俺の言葉を、ウィレーズ卿が鼻で笑った。
「儂が毒物を今持っているとでも!? 馬鹿馬鹿しい。ならば、好きなだけ儂を調べるといい!! そもそもこの席に座る時に散々検査を受けたがな!」
「ウィレーズ卿の仰る通りです。ですから私も疑いなく口を付けようとしましたから」
「おい、新人。貴様まさか、儂を疑っているのか!? 不敬が過ぎるぞ!」
顔に真っ赤にするウィレーズ卿に 俺はすぐに答えられない。もし内側に毒を塗っていたら、事前検査でバレるはずだし、あの口振りからすると、飲む直前に毒を塗ったという線も消えた。
となると考えられる方法は一つしかない。
毒は……
ならば――
「――ちょっとすみませんね」
俺はそう言うと、毒入りワインの入ったゴブレットを――床へと叩き付けた。
「っ!」
「な、何を!?」
その場にいた全員が驚いたような声を上げるが、俺は無視して割れたゴブレットの断面を見つめた。
「やっぱりだ。見て下さい」
その断面を全員が覗き込む。だが、ウィレーズ卿だけは顔を真っ青にして、一歩後退した。
「っ! これは……」
その断面。ゴブレットはなんと三層になっており、内面と外面の間に僅かな隙間があった。そこには得たいの知れない液体が満たされていた。
それを見てクレマンが杖を向ける。杖の先から青色の光が放たれた。
何かの魔法だろうか?
「【アナライズ】……うん、やっぱりヒュドラ毒だわ」
その結果を聞いて、ロゼがウィレーズ卿へと視線を向けた。
「このゴブレットは竜の牙で造られた物なのですよね……ウィレーズ卿」
「そ、そうだが」
「つまり、これは竜は竜でも……〝毒蛇竜〟との別名もあるヒュドラの牙で造った物ではないのですか? ヒュドラはその牙に猛毒を仕込み、獲物を噛むと同時にその毒を注入するそうです。当然、その牙は毒を通すような構造になっているはずです」
「な、なんの話だ!」
後ずさるウィレーズ卿。どうやら答え合わせはもう済んだようだが、俺は更にロゼの説明を補足する。
「〝毒蛇竜〟……ヒュドラでしたっけ? が何かは分かりませんが……毒蛇の牙もそういう構造を持った者もいますね。牙の中にある毒の通り道をそのまま残して削ることで、一見すると分からないが実は毒を潜ませるスペースを残したまま、ゴブレットの形に仕上げた。さらに、骨や牙といった素材の表面にはびっしりと微細な孔が空いています――
「だが事前検査の際は、毒なんてなかったぞ。ちゃんとワインを入れて毒見もした」
ローヌの言葉に、俺が推測を重ねていく。
「おそらく、毒を充填してすぐには漏れてこないのだろうな。だからそのタイミングを見計らって検査を終わらせる。あとは放っておけば、中に毒が染み出てくるので、あのようなサプライズの形で持ち出して、相手に使わせれば……毒殺完了。しかも事前に毒は入っていなかったと証明できるし、当然毒をこの場に持ち込む必要がないので、毒はワインに入っていた、もしくは注ぐ際に入れた、と訴えることができる。この場合、怪しまれるのは……まあ毒見役や事前にワインへと近付ける俺かローヌだな」
何かの本で読んだ、そういう毒殺の手段があったことを思い出せて良かった。
「で、デタラメだ! 儂はそんな毒が入っているなんて知らなかった! これは罠だ!」
ウィレーズ卿が叫ぶが、ロゼが首を横に振った。
「ヒュドラの牙は市場で出回るものではありません。かつて〝竜狩り〟の名を馳せたウィレーズ卿ほどの力と財産がないと手に入れることすらできないでしょう。いずれにしても……貴方の関与はあったと見る方が合理的でしょう」
ロゼがそう言って、冷たい視線をウィレーズ卿に浴びせる。毒殺されかけたというのに、素晴らしく冷静だ。こういった状況に慣れてしまっていると言ってもいい。
だけども、俺はそれがちょっぴり気に食わなかった。
こんなことに慣れてしまう環境なんて最悪だろ。
俺は怒りがこみ上がってくるのを感じながら、口を開く。
「毒が滲み出るのに掛かる時間次第ではありますが……おそらく事前検査から乾杯までの時間を見るに、毒を充填するタイミングからしてウィレーズ卿以外の人物がやったという線は薄いでしょうね。仮に第三者がやったとしても……ゴブレットを所持していたウィレーズ卿の協力は不可欠だ」
俺はそう結論付けた。実はよくよく考えると色々と穴がある推論だが……この場合に必要なのは正確性ではなく説得力だ。
そして案の定ーーこれまで静観していた人物が動いた。
「あなた……まさか本当に〝剣派〟に?」
ウィレーズ卿の妻――ウィレーズ夫人が思わずそう口にしたのを聞いて、俺以外の全員が殺気立つ。
「な、お前! 何を馬鹿なことを! 儂が〝剣派〟なんてそんなことあるわけないだろ!? 儂はロゼ王女を信奉する〝薔薇派〟だ!」
剣やら薔薇やらよく分からないが、どうも派閥争いがあるようだ。察するに、ロゼを擁護するが薔薇派か。
「詳しい話は――ゆっくりと牢獄で聞いてやろう」
殺気を放っていた、ロゼの前に立つ
ワナワナと震え出すウィレーズ卿を見て、俺はなぜか嫌な予感がしていた。
「クソ……ふざけるな! 俺はバルト州の大貴族にして、古き血の血統のウィレーズだぞ! こんなつまらんことで……終わるわけにはいかん!」
ウィレーズ卿の叫び。それと同時に、彼は右手を前へと差し出した。
「せめて堕ちるなら……お前の首も一緒にだ! ロゼぇぇl!!」
俺は確かに見た。彼の右手の人差し指に付けている指輪が光ったのを。
「っ! ロゼ様!」
その瞬間、虚空から剣が出現。ウィレーズ卿がそれを掴むと同時に、ロゼを護るべく前へと出た
その動きは素人の俺から見ても洗練されていて、鮮やかだった。
あのおっさん、竜狩りがどうのって話だが、強いぞ!
「がは!」
その鋭い剣閃は、薄い金属鎧ごと
血塗れになったウィレーズ卿が、その剣を無防備に立つロゼへと向けた。その目には、狂気が宿っている。
「死ねええええええ!!」
その時、身体が勝手に動いた。
どうしてそうしたのかは分からない。だけども気付けば俺はーーロゼの前へと飛び出ていた。
迫る剣閃を、そんな斬った張ったと縁のない俺に、防ぐ手段はない。
「くそ!」
とにかくガードしないと。俺は腕を上げ、首を狙ったその一撃を防ごうとする。
すると――頭の中でまたあの謎の声が響いた。
『<竜鱗の護り>が発動しました』
その瞬間、腕に衝撃が走り、澄んだような金属音が鳴り響いた。
「……馬鹿な!」
「へ?」
俺もウィレーズ卿も呆然とするしかなかった。なぜなら、俺の両腕を切り裂くはずだったウィレーズ卿の剣が、綺麗に中央で折れていたからだ。
当然、俺の両腕には傷一つない。良く見れば、腕が薄らと透明な鱗のような物に覆われている。
「ありえん……儂の剣を素手で防ぐなぞ!」
何が起こったかさっぱりわからん。
「今のは……高位の防御スキル……?」
ロゼの言葉に、俺が気を取られていると――
「キリヤ! また来るぞ!」
ローヌの声と同時に、ウィレーズ卿が再び剣を召喚、今度は刺突すべく俺へと高速で突き出してくる。
「くそ、しつこいな、おっさん!」
俺がそう叫ぶと同時に、再びまたあの声が響く。
『<竜脈>が発動しました』
その瞬間、ドクンと心臓が跳ねるような感覚に襲われる。
なんだこれ。
まるでスローモーションのように、俺の目の前でウィレーズ卿がゆっくりと動いている。
いや彼だけじゃない。
世界が――
その中でなぜか俺だけが普通に動けている。
「ああ、そうか。世界が遅いんじゃない――俺が速すぎるんだ」
これが<竜脈>の効果か? 良く分からないが、これなら……躱すまでもない。俺はウィレーズ卿の突きを掻い潜って、カウンター気味に蹴りを放つ。
悪いがソムリエにとって、手は商売道具でね。
そして――世界が再び動き出す。
「あがっ!!」
俺の蹴りがウィレーズ卿の横腹に叩き込まれ、その身体はいとも容易く――
ウィレーズ卿の身体は広間の壁に激突すると、そのまま、床へと倒れたのだった。
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