第3話:早速ですが、毒味の仕事です


「なんだあれ……虹色?」

「……初めて見た」

「もしかして……黄金より凄いんじゃねえか?」

「嘘だろ? あのキリヤだぜ?」


 そんな声が聞こえてくる。うーむ、SSR大当たりって感じの反応だが……果たして。


「ふむ……興味深い。結果は変わらないとはいえ、悪くない」


 首を傾げた俺を見て――シャルル神官長はここで初めて、笑みを見せたのだった。


「キリヤ・サンタディ。貴様の先ほどの望み……叶えてやろう。貴様のような素行不良の貴族にしか与えられない仕事だが……幸い貴様にはそれに対する高い適性がある。因果なものだな」


 その物言いになんだか嫌な予感がする。


 そしてそれは見事に的中したのだった。


「貴様には――王宮のを命じる! 喜べ……ワインが飲めるぞ?」


 そのシャルル神官長の言葉に――フェイグが笑い声を上げた。


「ギャハハハ! 脅かしやがって! 結局、毒見役とは、キリヤに相応しい仕事じゃないか! いやあ、騎士に選ばれた俺からすれば、ワインが飲めるのが羨ましくて仕方ないな!」


 周囲の若者は、その言葉を聞いて同調するように笑い始めた。

 だけども俺には分かる。あれは、無理して笑っている。


 自分より下だと思った奴が、思った以上の成果を出した時に出る、自己保身の笑いだ。


 だが、笑っておいない奴もちらほらいるし、何より、あの王女様が驚いたような目で俺を見つめている。うーむ、あれは素の反応っぽいな。俺が視線を向けたらすぐに笑顔に変わったし。

 

「しかし毒見役か。なるほど、確かに因果だ」


 ソムリエの俺が王宮の毒見役とは、皮肉すぎる。


「……受け入れるのか?」


 俺の反応を見て、シャルル神官長が静かにそう言った。

 

「ワインが飲める仕事ですからね」


 ま、毒見役と言っても早々、毒なんて盛られないだろうし。つーか、毒見役がここまでメジャーな職業なら、暗殺する側も毒見役を考慮したやり方をするだろうし……。


 なんて楽観視していた、その時。


「シャルル様――彼に毒見役の適性があるのですね」


 ロゼがそう言って俺の横に立つと、シャルル神官長へと静かにそう問うた。


「うむ。だが、私をもってしても……一体先ほどの反応が何のスキルによるものか判別が付かない。だが、適性は確かだ」

「なるほど……。貴方、名前は?」


 ロゼが俺にそう聞いてくる。ふわりと漂う薔薇の匂い。良い女の証だ。


「キリヤ。キリヤ・サンタディ」

「そう。ではキリヤ――貴方を私専属の毒見役に任命いたしますわ」


 ロゼがその緋色の瞳でまっすぐに俺を見つめた。


 良い眼だ。人の心は眼に現れると俺は思っている。


 目は口ほどに物を言うってやつだな。


「……これって拒否権あるのか?」


 俺は苦笑いしながら、誰にでもなくそう聞いたが――


「……王女直々の任命である。拒否権なぞあるわけなかろう」


 シャルル神官長の言葉に、その場の全員が頷いたのだった。


 ですよね!


 こうして、俺はなんか良く分からないうちに、ロゼ王女の毒見役になったのだった。


***



「早速ですが、これから昼食会があります。早速その適性、見せてもらいますよ」


 そんなロゼの言葉と共に、俺は彼女と彼女の騎士に連れられて神殿から出て行く。横目に見たフェイグが、羨ましいような、そうでないような複雑な表情で俺を見つめていた。


 いやというか、もう今日から早速仕事あんの? せっかくこのあと下町の市場でワインの調査をしようと思ったのに。

 

 外に出ると、俺は神殿の横にある立派なお城を見上げた。いつぞやドイツワインの研修旅行で見た、ノイッシュヴァンシュタイン城よりも派手で豪奢な城だ。


 ここが、ヴァロワ王国が誇る王宮――ワロー宮。


 こんなところに住んでみたいものだ。きっと素晴らしいワイン貯蔵庫カーヴがあるに違いない。毒見役は国や時代によっては、ワインの管理や配膳までが仕事だったという。この国でもそうかもしれないと思うとワクワクするね!


 俺は途中でロゼと別れると、一人のメイドを紹介された。うちの母と同じ栗色で、背は低いが胸はかなり大きい。いわゆるトランジスタグラマーってやつだな。好きな人は好きそうなルックスだ。


「ロゼ王女付きのメイドのローヌだ。早速だがキリヤ、すぐに仕事をしてもらうぞ」


 小動物みたいな見た目に反して、口調はなんか男っぽいな。


「で、毒見役って何をするんだ? いや名前で大体想像つくが」

 

 俺は厨房らしきところに案内されながら、ローヌの小さな背中へとそう聞いた。


「今日は、既に献立もそれに合わせたワインも決まっている。特にワインは、ロゼ様の成人祝いの為に特別な物を出す予定だ。だが、ゆくゆくは料理長と相談して出すワインも決めてもらう。それだけじゃないぞ、ワインの仕入れ管理もお前の仕事だ。だが最も大事なことは、全ての料理、ワイン……つまりロゼ様が口にするものは全て出す前に毒見してもらう」

「うんうん! そうこなくっちゃ!」


 やったぜ、ワインも飯も食える! しかもワインのチョイスから管理や仕入れまでやらせてくれるとか最高じゃないか!

  

 だが、そんな俺の反応を見て、なぜかローヌが眉をひそめた。


「お前……ちゃんと分かってるのか?」

「へ? いや分かってるけど」


 俺がそう答えると、ローヌは大きくため息をついた。


 ……なんだよ。


「はあ……あまりお前は物を知らなさそうだから、一つ面白い情報を教えてやる」

「面白い情報?」

 

 ローヌが、それはそれは意地の悪い笑みを浮かべてこう言ったのだった。


「ロゼ様の毒味役は、お前がこれでだ。運の悪い奴は、三日で殉職したな」

「……は?」

「お前は何ヶ月保つだろうな。あまり期待しないでおくよ」


 ローヌがそう言って、厨房の奥にある配膳用の部屋へと移動した。


「おいおい……マジで?」


 毒殺天国かよ、ここ。俺はようやく、この毒味役がろくでもない仕事であることに気付いた。


「このヴァロワ王国をよく思わない国はたくさんある。そして次期王位継承権を持つロゼ様の敵は内外問わずに多いんだよ。その結果、毒殺暗殺、なんでもござれな現状さ」


 なるほど……だからあんなに多くの騎士が護衛してたのか。というか色々ガバガバすぎないか? でも地球の中世も暗殺毒殺のオンパレードだから、さもありなん。


「というわけで、ほれ、飲め」


 ローヌが、テーブルに上に置いてあったワインボトルと、その横にあったワインの入ったグラスを俺へと差し出した。


「これが、今日出すやつか。どこ産? 品種は?」

「これはバルト州のウィレーズ卿からのお祝い品で詳しいことはあたしも分からん。まあ高くて美味いやつだろ」

「そうかい。じゃあ、早速」


 俺はウキウキしながら、口に含んだ。


 貴族が王女に送るお祝い品だ。きっと美味いに違いない。


 だが俺の期待は裏切られた。


「マズイ……なんだこれ。ブショネってるのかと勘違いするぐらいに酷いぞ」

「ブショネ?」

「異臭化してるってることだな、簡単に言うと」

「そんなわけあるか。最高級品だぞ。というか、毒はどうだ? 痺れや眩暈とかないか?」

「ないな。味は最悪だが、毒はない。一応ワインの味はするし、異物感はない。俺の舌が保証するよ」

「ならいい。というかお前、口が裂けても客やロゼ様の前でマズイとか言うなよ」


 それから俺は色々と料理をちょっとずつ毒見したが、全体的に味が薄く、美味しくない。これなら俺が作った方が絶対に美味いな。


「よし。問題なさそうなので配膳するぞ。お前は見とけ、作法が分からんだろ」


 ローヌが、他のメイド達に指示を出しながら、配膳を開始する。見た目はともかく、それなりの立場らしい。


「心配せずとも、ホテルで修行してたことあるから、そこら辺のサービスやマナーについては完璧だ」

「ホテル?」

「ま、とにかくワインのサーブについては任せてくれ」


 俺が自信満々にそう言うので、ローヌが迷った末に、ワインだけだぞと許してくれた。

 そうして俺は自信満々にワインを持って、昼食会が行われている大広間へと静か入っていく。


 完全に仕事モードに切り替え、背筋を伸ばし、顔を引き締めた。


「……ふん、やるじゃねえか」


 それを見たローヌがそう呟いたのを俺は聞き逃さなかった。


 さて、問題はだ。


 テーブルには、先ほどまでとは違うドレスに着替えたロゼが座っており、対面には髭面の中年男性とその妻らしき女性が座っている。ロゼの方には騎士が、男性の方には付き人らしき者がそれぞれ一名、背後に立っていた。


 その中年男性――ウィレーズ卿が俺が持つワインを見て、嬉しそうな声を上げた。


「お、ようやく来たな! あれは我が州で去年できた最高のワインでな! ロゼ様に相応しいと思って持ってきたのさ。おいお前、味はどうだった? どうせ毒見をしたのだろう? まあ下級貴族には分からない味だろうが」


 おー、いきなり見下してくるな。


「素晴らしいワインでした。芳醇な香り、滑らかな舌触り、複雑な味わい。どこを切り取っても類を見ないワインかと」


 俺が笑顔でそう静かに告げると、分かりやすくウィレーズ卿が顔をほころばせた。


 ローヌは信じられないものを見たとばかりに俺を見つめ、ポツリと〝嘘つきが〟と呟いた。こら、仕事中だぞ。


「おお! 君は中々に物が分かる奴のようだな!」

「お褒めいただき恐縮です」


 俺はそう言って、さりげなくウィレーズ卿に注ごうとする。


「今日の主賓は彼女だ。彼女から注いでくれ」

「かしこまりました」


 俺は恭しく下がると、ロゼの方へと回った。確かに主賓は彼女であるが、目上が誰かと言えばこの場ではウィレーズ卿だろう。ならば、まずは彼にお伺いをたて、それからロゼに注ぐ方が無難だ。


 現にウィレーズ卿は、俺が一番に彼へと注ごうとしたことに満足そうにしている。だが、ワインをロゼ王女のグラスに注ごうとした瞬間に、彼から待ったがかかった。


「おっと、忘れていた。ロゼ様、是非ともこのゴブレットで飲んで欲しい。で作ったものだが、これで飲むワインは最高なんだ」


 ウィレーズ卿が付き人に持たせたそれは、確かに何かの牙をくり抜いて造ったゴブレットだった。


「あら、竜の牙なんてとても貴重なのでは?」

「成人の祝いだよ。これぐらいはしないと」

「では……ありがたく」


 付き人から俺がゴブレットを預かると、視線をローヌへと送った。彼女が小さく頷いたのを見て、俺はそれをロゼ王女の前に置き、ワインを注いだ。大変不服ではあるが、良くそこらのソムリエがやるように、ゴブレットの真上から垂直にワインをグラスへと注ぐ。


 赤く細いワインの滝がゴブレットへと注がれる。


「素晴らしい香りですね」


 ロゼがニコリと笑ってそう告げた。


 だが、俺はそこで微かな違和感を覚えた。


 香りが……変わった? さっき飲んだものと香りが全く違う。


 そうしているうちに、ロゼがゴブレットに口を付けようとしたので――俺は直感に従って、


「っ! 何を!?」

「おい、君!」


 ロゼが驚き、ウィレーズ卿が声を荒げた。だが俺は気にせずにそのゴブレットに注がれたワインに口を付けた。


 その瞬間――


「あっ……がはっ!」


 強烈な吐き気と眩暈が俺を襲う。ヤバい、絶対にヤバい……これは……


「おい、大丈夫か!? くそ、クレマン先生を呼べ! すぐにだ!」


 視界が真っ暗になり、ロレーヌの怒鳴り声が聞こえる。


 だが、それと同時に頭の中で――謎の声が響いたのだった。


『<変毒為薬>のスキルが発現しました』

『スキル効果により<ヒュドラ毒>を無効化――<竜鱗の護り>及び<竜脈>に変換、取得しました』

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