第2話:ロゼ王女とスキルガチャ演出

 その立派な神殿は、王宮に併設されていた。


 俺が中に入ると、既に儀式を終えた若者達が集まり、それぞれが適性があると言われた職業について語り合っていた。しかし俺の姿を見た途端に、ピタリと喋るを止め――


「おいおい、あのロクデナシが来てるぞ」

「あいつ、〝俺はこんなクソみたいな儀式は受けねえ〟って豪語してなかったか?」

「あの人……近付かない方がいいよ」

「どう見ても先がないしね。どうせスキルもしょぼいよ」


 俺の姿を見て、周囲にいた奴等がヒソヒソと話し始める。うーむ、キリヤ君、相当な嫌われ者だな。


「キリヤ、てめえどの面下げて来やがった?」

「馬鹿キリヤに、仕事なんて与えられるわけないだろ!」

「いや、一つだけぴったりの職業があるぜ。誰もやりたがらない、最悪の職業がな!」


 やんちゃそうな三人組の貴族っぽい男子が俺に絡んでくる。確か、この一番デカい脳筋っぽい見た目の奴が上級貴族の息子で、残りの二人はその手下だったはずだ。


 まあ名前はイマイチ思い出せないんだが。とりあえず面倒臭いので俺は無視して通り過ぎようとするが――


「おい、無視すんなよ!」


 俺の肩に脳筋の手が掛かる。が、相手をするつもりもない。スルリとその脇を抜けて、俺はさっさと奥にある祭壇へと向かう。


「あ、てめえ!」


 後ろから叫び声が聞こえるが無視。多分キリヤならもう手が出ていたが、流石に年下のガキの喧嘩を買うほど俺は若くない。いや肉体は若いんだけどね。


「――フェイグ。まだ儀式中である。静かにしたまえ」


 祭壇の前にある長いテーブルの中央に座っていた、いかにも神官っぽい老人の声が響く。


「……申し訳ございません、シャルル神官長」


 脳筋フェイグの謝罪が後ろから聞こえて満足した俺が、その老人――シャルル神官長の下へと向かおうとしたその時。


 俺の時とは違う意味で……神殿内が静まった。


「――遅れました」


 そんな、柔らかいのに不思議とよく通る少女の声が背後から響いたので、俺は思わず振り返ってしまう。


 そこには――複数の赤い鎧を纏った騎士に囲まれた、一人の少女が立っていた。


 ストロベリーブロンドとも呼ぶべき、少し朱色の混じった美しく豊かな金髪に、青い瞳。まるで人形のように整った顔立ちのその少女は、頭にティアラを載せており、そのドレス姿といい、この神殿内にいる他の少女達とは一線を画した雰囲気を纏っていた。


「……ロゼ様よ!」

「素敵……」

「可愛すぎるぜ……」

「ああ、俺も<薔薇騎士ローゼンナイト>になりてえ!」


 その少女が周囲の声に微笑んで返し、しずしずと俺の方へと向かってくる。


「おっと。お先にどうぞ……」


 俺はいつもの癖で、この国の王女らしき少女――ロゼに道を譲った。当たり前だろとばかりに、彼女を護衛する騎士達に睨まれるが、俺は気にしない。


「ありがとうございます」


 ロゼは笑みを浮かべたまま、俺に軽く会釈して通り過ぎていく。


 俺のなんとなく違和感を覚えながらも、それを見守った。


 あの笑顔に態度。どうにも造り物っぽいが、まあ王女だから色々あるんだろう。


 俺の店は繁華街にあったせいで、様々な職種の客が来店する。その中でもやはり多かったのは、水商売の女性達だった。彼女達の一部は、一人で来たときはどうしようもなくだらしなくて、こいつ本当に大丈夫か? と思っていたら、自分の客と来た時は別人かと思うぐらいに猫を被る。


 そういう経験があるから分かるが、あの子はあの歳で相当な苦労を背負っているように見えた。同い年の……友人になれるであろう同世代の俺達に作り笑いを見せるぐらいには。


「ま、俺には関係ないがね」


 そうやって見ていると、あのシャルル神官長がかしずくロゼへと杖を振った。


 すると――眩いほどの黄金色の光が彼女からあふれ出す。

 

「眩しっ」


 思わず俺がそう言ってしまうが、周囲の反応は全く別だった。


「すげえ……黄金色のスキル反応って初めて見た」

「流石はクローシュ王家だな。きっとスキルも一流に違いない」


 どうやら、スキルの鑑定を行った際に放たれる光の色スキルの凄さが分かるらしい。なんか、ソシャゲのガチャにありがちな演出だなとか思っていると、いつの間にかフェイグが俺の隣に来ていた。


「俺はさっき銀のスキル反応でな。<属性剣>のスキルがあることが分かったんだ。だから安心したぜ。自分より下の奴には仕えたくないからな」


 そんな風に話し掛けてくるので、俺は肩をすくめた。


「知らねえよ」

「お前は光すら出ないだろうさ。ゴミにはゴミスキルが相応しい」

「はいはい」


 スキルとは、それぞれが生まれ持つ異能の具現化らしい。だがほとんどの者が無難なスキルしか発現しないそうだ。うちの母は<念動力>というスキルを持っており、触らずとも物を動かせるらしい。


 <属性剣>が何か分からんが、<念動力>の方が便利そうだなあとか思うが口にはしない。十代男子なら、〇〇剣というスキルの方が嬉しい気持ちはなんとなく分かるからな。


「次――」


 ロゼがなぜか出て行かず、そのまま横に待機していた。俺はやりづらいな、と感じながらシャルル神官長に言われるがままに彼の前に立った。


「キリヤ・サンタディ。貴様の悪名は神殿まで届いている。はっきり言って貴様のようなクズに与える職なぞないのだが……規則は規則だ」


 シャルル神官長が静かにそう叱責するので、俺は頭を下げるしかない。


「申し訳ございません」


 すると、周囲が少しザワついた。


「……あいつが頭下げたとこ初めて見た……」

「毒でも飲んだのか?」

「馬鹿は死んでも治らないって聞くぞ」


 酷い言われようである。


「……まあいい。どうやら少しは心を入れ替えたようだな」

「ええ、まあ」


 入れ替えたというか……なんというか。


「一応、聞いておこうか。どのような職を望む」


 そう言われても困る。俺はソムリエとワインバー経営しかしてこなかったから、いきなりファンタジーな仕事をやれと言われても、どうしようもない。


 なので、素直に答えることにした。


「――ワインが飲める仕事ですかね」


 俺がそう答えた瞬間、周囲にいた者達が笑い始める。


「馬鹿だ。あいつやっぱり馬鹿だぜ!」

「馬鹿がやれるワインが飲める仕事なんて一つしかないのにな!」

「やっぱり馬鹿は治ってねえな! でも丁度良い仕事があるじゃねえか!」


 だけども、ロゼだけはなぜか笑っていなかった。

 シャルル神官長が、再び〝静かに〟と一声上げると、再び神殿に静寂が戻る。


「キリヤ・サンタディ。貴様の素行を見る限り、適性なぞ見るまでもないが……規則は規則。スキルと適性を見てやろう」


 そう言って、シャルル神官長が杖を振った。すると――


「……馬鹿な」


 そうシャルル神官長はポツリと呟いたと同時に、神殿全体が――に包まれたのだった。

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