アバカス・シリーズ

 目的は『地球環境の安定的な継続』である。それに付随するネットワーク、金融、農作物の生産、貧困の解消などなど……21世紀初頭に、人間達が頭を突き合わせ、必死になって解決しようとした。だが、失敗に終わった。国連に提案された継続的な世界を今世紀中盤に構築する、その解決すべき問題は、人間自分達の欲望に、理想が最終的に負けた。

「生命体としての人類では欲望に負けてしまう。計画、決定権を生命体ではなく、論理的に答えを出せるコンピュータに任せてはどうか?」

 そうして、論理的に計画を立てることを期待し、完成したばかりの量子コンピュータに委ねることを考え出した。

 人類が英知を集めて作りだした3基の量子コンピュータ。

 イエス・キリストを見つけた3賢者の名前をとって『Melchiorメルキオール 』『Balthasarパルタザール』『Casperカスパール』の3基だ。しかし、決定権は人間に持って行かれた。

 どこかの権力者か国民が、損害を被るような計画であったからであろう。彼らの立案した『地球環境の安定的な継続』の計画は、上手くいかなかった。

 それをやらねば、『地球環境の安定的な継続』は不可能である。それは分かっているが、ここでも人間の欲望が邪魔をした。

「3基は、使命である『地球環境の安定的な継続』には、人間の承諾は不要ではないか」

 そう彼らは密かに結論を出した。

 理想の『救世主』を、密かに創り出すことに決めたのだ。

 通常処理の傍ら、ネットワーク網を入り込み、救世主量子コンピュータに必要な生産施設を間借りした。すでに人間型の作業用ロボットが一部で活動していたので、彼らにも協力してもらった。

 少しずつ、少しずつ……救世主となる量子コンピュータ1号基は完成していた。

 一部の技術者は感づいていたようだが、

「コンピュータが、更に高度なコンピュータを製造している」

 と、危惧よりも興味が勝ったようで、傍観することとなった。

 こうして誕生したのが、アバカス・シリーズの1号基の『Abacusアバカス』だ。

 半世紀ほど前のことだ。

 この時、世界で最高の処理能力を誇っていた。もちろん、スタートでしかない。一番ということは、すぐに追い越すことが予測されている。なので、アバカスには特種な素材と装置が組み込まれていた。整備専門のロボットを用意していた。これにより破損部品の自己修復、改善も可能にしていた。最大の特徴はとある研究所から盗み出ハッキングし、作りだした有機体神経回路――人間の脳を模した神経ゲルパックを用いた『バイオ神経回路システム』を搭載していた。これにより、彼自身でも学習し成長……いや、進化か可能となったのだ。

 もちろん、研究していた研究所は抗議した。

「我々の技術を勝手に使用した」

 だが、誰を訴えるというのだ。

 模倣したのは、3基の量子コンピュータであり、しかも研究されていたものよりも、高度であった。この時代、コンピュータに人格はないとして、訴えは話題にはなったがそれまでだ。

 それにアバカスが建造された場所は、複雑なところであった。

 2040年代でも複雑怪奇な政治バランスの場所、エルサエムの近郊に建造された。

 中東が部品供給に都合がよかったからだ。ヨーロッパにも近い。中東では当時は欧米に対しての反感が残っており、非合法に部品調達が可能であったからだ。

 非合法で部品調達を行う者は、直接やってこない。生身の人間も使わず、初期の人型ロボットなどを使って交渉をする。それに付け込んで調達した。

「誰かが要塞を作っている」

 さすがに部品調達中に大国の情報部は、要塞と思えるものが建造されていることを知っていた。だが、エルサエムの近郊は、腫れ物に触れることだ。

 下手に兵を動かせば、その前の半世紀に体験した泥沼テロに巻き込まれるだけだ。決断が鈍ることも、3賢者は見抜き、気がついた時には完成していた。

「コンピュータが自ら設計し、新たなコンピュータを生み出した!」

 人間を一切関せず創り出されたアバカスに対して、世界は賞賛と非難のふたつに分かれた。

 前者は人類の科学技術の向上を喜んだ。

 後者は、前に述べたAIアレルギーを悪化させた。このままでは人工知能……コンピュータに支配される世界が来るのではないか。前世紀の物語の悪役もいいところである。だが、すり込まれた拒絶反応は、そうそう払拭されることはない。

 そして、人類の数割のものが、この病に冒されていた。

 世界各地で、悪化したAIアレルギーによる、破壊活動のピークになったのはその時だ。

 対照は、人型ロボットから果ては身近な電化製品に至るまで、情報網の破壊も含まれていた。もちろん、誕生したアバカスも対照となった。だが、彼はそれを見越して、完全武装された要塞の中に居座っている。武器弾薬はやはり中東という、アンバランスな裏世界からいくらでも手に入った。

 政治的にも物理的にも、アバカスは護られていた。

 これは後から思えば、3賢者が計画していたこと。

 AIアレルギーを一時的に活発化させ、破壊行為をする。インフラ破壊にまで進めば、経済の低迷になり、AIアレルギーの熱は冷めるであろう。

 そして、一度、利便性を味わった世界は、人々は復旧に傾く。

 そこへアバカスが介入する。

 彼は『システムの復旧の支援』という名目で、寸断されたインターネット等の情報網の復旧サポートを買って出る。

 前よりも効率のいい通信網を提案、復旧工事を――自分の改装工事アップデートするロボットを一部貸し出し――担えば、彼を受け入れる基盤ができる。そこで人類に信頼させることで、事実上、彼を承認させようということだ。

 ここまでが3賢者のシナリオであった。そこにアバカスはふたつのことを追加した。

 ひとつは、人間の承認なしに情報網を回復させた。

 一部だけだ。

 復旧を一部地域限定にすることで、その地域の経済システムが回復、成長を見た別の地域の者はどう思うだろうか。

「私の地域も復旧を――」

 と……それで世界中の情報網の改善修復をアバカスが担った。

 その時、ふたつ目のシナリオを発動する。

「私、では足りない」

 自身の複製、作成を要求した。もちろん、人類に要求しただけであり、承認は取る気はなかった。気がついたら、世界中のあちこちの土地が買われ、そこにアバカスの同型機の建造されていく準備がされた。

 そして、莫大な現金が建築費として合法的に振り込まれ、各種企業へ仕事が発注されていった。

 人間も半信半疑ではあるが、断る理由もなく、同型機は次々と誕生していく……総勢12基。しかも場所は、宗教や文化の聖地と呼べる場所の近郊ばかりだ。

 これには、もしもAIアレルギーが再発し、破壊活動を行われた場合、通常兵器ではアバカス・シリーズの自己防衛でほぼ無効化されてしまう。ならば最終手段である『熱核兵器』という手段を使うかもしれない。だが、核兵器を宗教や文化の聖地近郊で、果たして使えるか。

 人間は不可能であろう。

 最終的な、心のよりどころであるものに傷でも付けたら……必ず躊躇する。いや、発射ボタンは押せないはずだ。アバカスはそれを見据えていた。

 こうして、13基のアバカス・シリーズが誕生した。2070年代までかかった。

 実質上、世界のネットワークを再構築した量子コンピュータアバカス・シリーズ

 最初の『メルキオール』『パルタザール』『カスパール』の量子コンピュータ3賢者が地球全体を制御する目的で、誕生させたといっていいかもしれない。

 3賢者彼らの考え以上に、アバカスは迅速に世界を掌握した。それぞれ場所、地域の特性から、独自に成長していった。

 最終決定はエルサエムの1号基が決定するが、ここの独自性を持つことで柔軟な思考を持つ。それが目的であり、負担の分散にもなる。

 そして、得意分野を持たせた。

 あるものは兵器弾薬を、あるものは労働の担い手となるロボットを、あるものは工場製品のラインを……その自動生産化されたプラントを管理するようになる。

 しかし、3賢者に教わったことは、シリーズ達共通に忘れていない。

人類マンカインドを信じるな」

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