西暦2096年4月7日

 それまでの1週間は少々の混乱が起きていた。

 さすがにニュース番組で優等生風のロボットは現れなかった。骨董品のオモチャのようなロボットが、の席に着いている。

 それなりに抗議があったのであろう。どこかの倉庫の片隅に眠っていたものを引っ張り出してきたようだ。

 ちょっとした抗議に敏感になるのは、この半世紀ある病気に悩まされてきた。


 総称して、反人工知能症候群AIアレルギーと呼ばれているものだ。


 人工知能AIの発達であらゆるものに組み込まれてきた。その典型的なそれを入れた器ロボットによって人間自分達の生活は便利になっていく一方だった。だが、ある日、周りにあふれすぎたAIに不信感を抱く者が現れた。

『自分達が創り出した、に支配されているのではないか』

 不信感は恐怖や強迫観念へと変わり、ロボットを含め、電化製品までも拒絶するようになっていく。ある人間は、自分の身の回りからならまだしも、生活圏からでさえ遠ざけはじめた。

 一定の人間が発症しはじめると、AI排除団体が出来上がってくる。

 そこまで来ると社会問題化してきた。

 AIを含むロボットなどの排除、破壊活動まで行うようになったからだ。だが、過激になったのは一部の人間。今までAIがあふれた世界に浸った大多数の人間には、それが消えていくことには反動が強かった。

 AIの存続と維持を巡り、発症者は肩身の狭い思いをすることになる。

 それが1週間前の『エイプリルフールジョーク』で、終息したAIアレルギーが息を吹き返したようだ。しかし、そんなものちっぽけな出来事にすぎない。

 AIへの抗議デモは「気分を害する」との不特定多数の通報で、警察が動いた。

 解散を命じられれば、彼らにはそれ以上、何もできなかった。


 そして、宣言されたグリニッジ標準時、西暦2096年4月7日午前零時……日本時間午前9時となった。


「何も起きないではないか!」

 1週間であったが人々は、胸をなで下ろした。

 オニによるエイプリルフールジョークに、「何が起こるのか」と期待したものが多かったようだ。

 大多数が、安定した平和な生活が続き、そろそろ刺激を求めていた時期だ。

 いや、今この時刻にすべてが動き出していた。

 ただ、人々が気付かないタイムラグがあるだけだ。

 まず発電所が襲われていた。

 が、発電・送電網システムに侵入し、コントロールしはじめた。

 送電ネットワークから『過剰供給中である』と、発電システムに誤った指示が送られた。

 発電所の制御コンピュータはそれにしたがい、発電量を押さえるために発電器を止めていく。原子炉、火力、それに試験運用中の核融合すべてがそんな状態だ。

 発電を再稼働させるためには、『過剰供給中』のアラート警報を解除しなければならない。しかし、手動操作を受け付けない。元々、人間の誤操作ヒューマンエラー防止するシステムだ。ここのコンピュータは、人間の指示よりもネットワークからの指示にしたがった。そのため人間には、ただ炉が停止していくのを見ているだけでしかなかった。

 発電施設は他にもある。水力、太陽光や風力、潮汐力発電は、発電は止められない。だが、送電網との接続を遮断された。

 バイパスのケーブルを送電網に繋げればいい。しかし、その作業を行うロボットが起動しない。ケーブルには超高圧電流が流れている。おいそれと人力で繋げられる作業ではなかった。防御服などを着込むなど、準備に手間がかかる。


 発電・送電網システムが停止していく間に、世界中の軍事基地では混乱か起きていた。

「頼むから止まってくれ!」

 ひとりの整備兵が、格納庫から勝手に出撃しようとしている機体の前に立ちはだかった。だが、それを無視して無人攻撃機は次々と空に舞っていく。滑走路には、血の跡を残して。

 現代、人命の消耗を最小限にするために、無人機が一定数配備されていた。

 前線へは無人機が向かう。人間の仕事は作戦命令の決行と中止の判断のみ。整備はロボットが行い、最終点検を人間の整備兵が行うのを採用していた。

 が、軍事用ネットワークに忍び込み、フル装備で緊急発進スクランブル命令を下した。

 整備ロボットが、人間の作業スピードを遥かに超える勢いで、実弾等の武装も勝手に運び出し、無人機に燃料と共に積み込む。

 そして、次々と空へ舞い上がっていった。

「畜生! 武器の使用許可を!!」

 ひとりのパイロットが、数少ない有人機に飛び乗った。

 なんとしても、無人機の暴走を止めなければ……機関砲が向いているのだ。ここで引き金を引けば、何機かの無人機の飛行を阻止できるはずだ。

 パイロットの懇願が通じたのか、無線で知らせがはいった。

『――テストにあらず! 全隊員に武器の使用許可を命ずる。繰り返す――』

「そう来なくっちゃ!」

 パイロットは、機関砲の引き金を引いた。だが、弾は出ない。

(安全装置も解除した。電源も入っている。弾だってあるのに……)

 パイロットが失念していたのは、有人機であろうと軍事ネットワーク網に接続されていたことだ。侵入者は人間の反撃を予測し、有人機のシステムも掌握していた。

 結局、そのパイロットは射出座席緊急脱出装置にて、命を落とすこととなった。飛び乗っただけで、ベルトを締めていなかったからだ。


 さて、無人攻撃機達はどこに向かったのか。

 彼らの目的は、送電網システム遮断。つまり全世界同時停電を目的としていた。

 発電所、とくに自然に頼る水力や太陽光などは、電子的に送電網と切り離しただけだ。作業がロボットにより行われず、時間が経てば人力で復旧されることは明白である。なので、発電所からの高電圧の電気を、各家庭などへ供給する変電所の破壊を目標としていた。

 変電所の位置は、100年近く前から、地図データに記載されている。

 有人機が一斉に動かなくなっている今が狙い時であり、燃料が持つまでが勝負の時間だ。

 何せ電力網を破壊するということは、この先、まともに補給はできない。

 無人機達は、弾薬を使い果たすと、帰還することをせず、健在な変電所に体当たりしていった。

 無人機は有限だ。だからこそ、電力網の中継地ハブや大都市の変電所を的確に狙った。

 発電所が復活したところで、世界中の主要都市の電力がしばらく戻ることはないであろう。

 頼みの綱は、緊急時に個別に発電施設を持っている施設だ。だが、数日を想定しているだけ。

 正確な情報を分析せずとも、数日で復旧できるものではない。1ヶ月……あるいは、数年かかるかもしれない。

 しかし、これが第1段階だということは、大停電下で気がつく者はいなかった。


 そんなときに、とある軍事基地で、送電網を破壊したものの一片が分かった。

「オニだと!?」

 首だけになった少女。2本のうち片方のアンテナが折れた緑色の髪をしたオニの首が、基地司令の前に運ばれてきた。

「こいつが侵入していました」

 破壊した隊員によれば、端末に不正にアクセスしていたそうだ。

 このオニは整備を補佐するために、派遣されてきたそうだ。それ以外にも数体のオニを基地内で発見し、破壊したそうだ。しかし、オニは頑丈で警備用に装備していた非殺傷スタンガン型小銃はもちろんのこと、旧式の殺傷能力のある小銃もはじいた。外皮――皮膚と呼んでいいだろう――は、クモの糸を参考に作った鋼鉄製の繊維で被われている。最終的には、対戦車砲RPGを打ち込み沈黙させたとのこと。

「あれはジョークではなかったのか!?」

「――我が神はここに宣言します。人類の歴史を終了します。抵抗は無意味です。か――」

 基地参謀は、ジョークとして聞きかじったフレーズを口にした。

「その『我が神』とは何だ!」

「ひょっとしたら――オニを作ったもの」

 基地司令はひとつの名前を思い出した。

「――アバカス・シリーズ」

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