第27話

 私は、次なる作戦に取り掛かる必要があった。週に2回、何も買わずに店を訪れるだけのおかしな客というレッテルだけは避けなければならなかった。

 この時間帯、基本彼女はレジを担当している事が多い。これは使える、と私は真っ先に思った。一つしかないレジで本を購入すれば、会話のチャンスは当たり前だが生まれる。

 10月も3週間目に突入した。いつもの様に、バイト帰りに仲良し本堂に立ち寄る。

 何度も背表紙を見比べていると、少し気になる本も出てくるものだ。その中から、特に気になるものを抜きとり、それを鈴木さんが待ち構えているレジまで持って行った。

 三人の列の後ろに付き、順番を待つ。忙しそうに手を動かす彼女を目の端に留めた。

 久しぶりに彼女の近くまで歩み寄っている。私は、まるでアイドルのチェキ会の様な緊張っぷりを醸し出してしまった。目も合わせられる気がしない。

 しっかり顔を眺めた。この時、やっぱり山崎さんに似ているな、と思った。彼女程、背は高くなく少し童顔にした雰囲気だ。

 鈴木さんとの間の障害が完全に取り除かれた。いよいよだ。

 私が本を置き、彼女がそれを手に取る。 

 ピッ!

 バーコードが読み込まれ、彼女は値段を読み上げた。 

 「690円になります。カバーはお付けになさいますか?」 

 「カバー大丈夫です」 私は、小さな声で応える。

 鞄の中から財布を取り出そうとするが、思うように見つからない。やっとこさ見つけたところで、今度は小銭を思うように指でつまめない。

 払い終えるころには、私の後ろに5人位並んでいたと思う。そのため、彼女に2,3言、声を掛けておきたかったが、今日はやめる事にした。声を掛けないと始まらないのはわかっているが、他の人には迷惑をかけたくない。そもそも仕事中に声を掛ける事自体、彼女に迷惑だ。

 辛抱強くチャンスを伺うことが必要だと思う。

 この日から、週に1回のペースで本を購入するようになった。基本は小説、偶に漫画といった感じだ。前の日は買ってないから今日は買おうとか、今日は自信ないから次の日に回そうとかいった具合だ。

 10月最後の金曜日には、レジで目を見て「ありがとうございます」と言うことに成功した。口元を緩めて言えたので、好印象だったと思う。大きな第一歩だ。

 女というものは、男の好意に案外気付いているものだ。私はこのことを自身の経験則で学んだ。私は、明らかに彼女と目が合うと顔を赤らめて、挙動不審になっている。この前の入店時の時もそうだし、その前の退店時もそうだった。彼女は、店員らしく客に向かって挨拶しているだけなのだが、私の心臓は高速回転してしまう。

 いざという時のために、女側も女側なりの準備はしているのだろうか。

 11月の初めの週、私は偶々サークル活動で京都駅まで行く機会を得た。8時半頃、2次会の誘いを断って、一人仲良し本堂に立ち寄る。いつもよりは、ずいぶんと空いている気がした。

 彼女を探す。実用書売り場で金髪ポニーテールの女の子が2人、おしゃべりしている様子が伺えた。レジでは、店長と年増のおばさんが客の対応をしている。

 これは、話しかけに行くチャンスだと思った。

 今までやってきた脳内シミュレーションを思い出す。

 まず初めに、「すみません。料理のレシピ本で一番売れているものはどれですか?」だ。女性なら、一度は料理に興味を持った事があるはずだから、これがいいと思った。その次に、「あなたのお薦めはどれですか?」と訊く。

 そしてもし、彼女が料理に興味、関心が無さそうであれば、「趣味は何ですか?」と訊いてみる事にしよう。そこまでいくと合話は広げやすくなるはずだ。また、彼女の趣味が分かり、それ関連の参考書を購入できればより親密なれる。

 私は、期待に胸を膨らませて、彼女たちに歩み寄った。

 狙いじゃない方の子(山中さん)は、私の歩みに気が付くと鈴木さんに耳打ちした。鈴木さんは、私に気付き、身構えている姿勢を見せる。2人は、私の方を眺めながら、何かを話し合った。

 山中さんは、そっとその場を立ち去った。鈴木さんは、本棚に顔を向けてさも仕事している風を装う。

 「すみません」 私は、それだけ言うと彼女の様子を伺う。広角を上げて、彼女の鼻辺りを見つめる。

 「はい?」 彼女は振り返って、さもいきなり話しかけられたかの様な素振りを見せた。

 「あの、趣味は何ですか?」 

 「え、趣味、、、?ですか?」

 私は、遅れて自分のミスに気が付いた。慌てて訂正を試みる。

 「あ、いや。りょ、料理が趣味でして。あのなんかそういった参考書的な何かが、、、」 

 私は、顔を真っ赤にして、声のトーンを自信なさげに落としながらそう言った。

 「えっと、欲しくて、、、」 もう顔は、下を俯いている。彼女がどんな顔をしているかはサッパリだ。

 その時、「鈴木さ~ん!!」と彼女を呼ぶ声があった。位置的に、レジのおばさんのものだろう。鈴木さんは、無言でその場を立ち去った。

 私が顔を上げた時には、もう彼女の姿は無かった。

 千載一遇のチャンスを逃した落胆は大きかった。その場に佇んでいるのも辛くなり、漫画売り場に逃げ込んだ。そして、かっこいいアニメキャラを眺めながら、目を赤くしていた。

 勿論、何も買わずに3分間位で店を出た。

 店員にアプローチする事の大変さを感じた。相手の事を配慮すれば、そもそもしない方がいいのだから。

 

 

 

 

 

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