第26話 次の恋

 薄汚れたガラス張りの小さな自動ドアが見えて来た。広告などの紙看板は、一切貼られていない。店頭に本が並べられている訳でも無い。その為、ドアガラスを通して中を覗かないと、それが店かどうかも分からない風貌だ。

 ドアに近付くとウィーンと開いて、「仲良し本堂」と書かれた汚いカーペットが登場した。私は、周囲を見渡す。本棚も色褪せて見えた。

 しかし、それでも数名の客が店内にいる事から、老舗の良いお店だということが分かる。

 雑誌売り場を通り過ぎて、真っ直ぐ進むと実用書売り場になる。私は、何か勉強でもしようかと思って、背表紙を歩きながら順に見比べた。

 手芸、スポーツ、SPI…

 びくっとした。人影が視界に入った。

 進行方向に顔を向けると、若い女性店員が本の陳列作業をしているのが分かった。彼女は、年齢が高校生か大学生位で綺麗な横顔をしている。バッチリ金髪に染めた髪の毛を頭の後ろで括り付けて、ポニーテールを作っていた。

 私は、ドキドキしながら、その場をソッと離れた。

 結局は、いつもの小説や漫画売り場に辿り着く。まずは、漫画エリアに立ち寄った。

 低い台に並べられた表紙を眺めた。そして、最近の流行りを確かめる。

 ふーん、最近はこんなのが売れているのか。私自身、漫画は中学生以降余り追わなくなっていた。偶に、本屋さんで暇つぶしにチェックする位だ。そして、稀に買う。

 漫画は値段の割に直ぐ読み終えてしまうので、新品では買う気になれない。目ぼしい物が無かったので、小説売り場に直ぐ向かった。

 小説売り場に行ったら必ずやる事がある。それは、好きな作家さんの小説が置かれているかどうかをチェックする事だ。私は、彼の小説は全て購入済みで読破済みなのだが、見つけてしまうとツイツイ、ニヤニヤと背表紙を眺めたり、手に取ったりしてしまう。

 この本屋にも彼の小説が置いてあった。しかも、珍しく全部揃っている。彼の出した小説、全部だ!

 この本屋はセンスが良い。私の中の好感度が爆上がりした。

 「すみません」 女の小さな声が聞こえた。

 私は、声の方を向く。あの綺麗な子かと道を開けながら顔を覗き込んだ。しかし、それはただの年増のおばさんだった。

 そもそも金髪では無い。私は、なんだと思い、通り過ぎる背中を睨み付けた。

 彼女は、並んである本を弄りだす。慣れた手つきから、彼女がオーナー、もしくはその妻ではないかと思った。

 体を傾けて、レジの方を見た。愛想良さそうなおじさんが、ビシッと背筋を伸ばして立っている。見た所、レジ前に客は1人も居ないのだが、彼はその状態をキープしていた。

 自分の推測に確信が出てきた。さっきのおばさんとレジのおじさんは年齢がそこまで離れている様には、見えない。つまり、この店は、夫婦で経営しているのだろう。

 そう思っていると、丁度私の目の前を店のエプロンを着た金髪の女の子が通り過ぎた。

 彼女も高校生か大学生位の女の子に見える。しかし、ふとした正面顔が可愛く見えない。さっき女の子とは別かと思ったが、バッチリ金髪でポニーテールは2人もいるとは思えなかった。

 私は、ガッカリした気持ちになったが、バチが当たると思い、この失礼で偉そうな思考を止める事に決めた。

 財布を探ると、帰宅の電車賃分しか入っていなかった。どうせ何も買わないなら、と思い私は出口に向かう事にした。

 レジ前を通り過ぎて、突き当たりで回れ右をすれば、自動ドア前の雑誌売り場だ。

 レジ前を通る。そして、突き当たりに差し掛かった。その時、左から金髪の美女が姿を現した。

 私は、硬直して顔が真っ赤になる。実用書売り場に居た子だ、と確信した。油断していた。彼女も私にビックリしてか目を大きくしている。

 私は、急足に店の外に出た。

 帰りの電車に乗り込む。そして、金髪美女の事を考えた。

 彼女も私の好みの偉人の鼻を持っていた。控えめでなく、目立ち過ぎもしない、綺麗な鼻だ。

 一瞬で恋に堕ちた。

 とは言っても、名前も知らなければ年齢も知らない。彼氏がいるかもしれない。接点が無い為、近付き方が分からない。そもそも、京都に通うのには余りにも距離が有り過ぎる。諦めるのは、必然だった。

 しかし、チャンスが到来した。授業が始まると、中井からバイトの誘いを受けたのだ。それは、京都駅近くの居酒屋で、交通費も一部支給されるものだった。

 私は、飛びつく様に彼の誘いにのった。

 バイトからの帰宅途中、仲良し本堂に寄ればキッカケが出来るかもしれない。だめで元々、アタックぐらいはしてやろうと心に決めた。

 私は、店長に適当な嘘を付いて、1週間目は月、水、金、土曜日にシフトを入れて、2週間目は火、木、日曜日にシフトを入れた。そして帰り道に仲良し本堂を訪れて、金髪美女の出勤曜日を調査した。

 結果、彼女は、火、水、金曜日に出勤している事が分かった。時間帯によっても変わるだろうが、大体はこうだと思う。彼女の名前も把握した。エプロンに付けている名札に[鈴木]と書かれていたのだ。

 店長には、「3週間目からは火、水、金曜日に入りたいです」とお願いした。すると、水曜日は他の人が入りたいみたいだから、と言われて、結局毎週火、金曜日に働く事となった。

 残暑に油断していると、風邪を引いてしまう10月が到来した。

 私は、仲良し本堂に行ったり行かなかったりを繰り返していた。

 バイトは毎回9時に上がる。そこから、仲良し本堂に向かうと、9時過ぎだ。京都駅は、その時間になると退社したサラリーマンで駅内が混雑する。仲良し本堂は、中年に愛される老舗だ。その為、夕方までは空いているが、夜になると混雑することが多い。

 店員達が忙しそうに働いているので、とても声を掛けれそうになかった。

 

 

 

 

 

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