第24話

 9月の2日、私と岡部さんは神戸で再開した。

 時刻は13時過ぎ、改札を少し出たところで彼女を待つ。

 グレーのニットに鈍い赤のキャミワンピースを、組み合わせた綺麗な女の子が姿を見せた。ICタッチにカードをかざした彼女は、カード入れを鞄にしまい込み、顔を正面に見せる。

 その瞬間、パァッと顔を照らして小走りになった。

 どうやら、私に気付いたみたいだ。

 黒のローヒールがコツコツと駅内を響かせる。

 「お待たせ!」

 彼女が元気よく言った。

 珍しく薄化粧に、イヤリングを外した顔が伺える。

 「待った?」 彼女がそう言う。

 「いや、待ってないよ」と私は、直前に調べた男らしさを披露した。

 「うそ。だって約束の時間から10分経ってるよ?」

 知ってる。だから、私は少々イライラしている。

 「うん、でもそんなに待ってないよ」

「そう?ありがとう。じゃあ、行こっか」

 私と彼女は、並んで歩き出した。

 歩道橋に出ると、夏の残暑が襲って来る。

 ドサッ 岡部さんがどこぞのサラリーマンと衝突した。彼女は倒れ込み、男は「すみません」と一声言って、改札に走っていった。

 「なによぉ!」と彼女がぼやく。

 「はぁ〜。ねぇ、立たせて」と続けて私に手を伸ばした。

 私は彼女の腕を引っ張って、立たせてあげる。立ち上がった彼女の服に、砂が一杯くっ付いているのが分かった。

 私は、「お尻に砂付いてるよ」と言う。

 彼女は、ブツブツ愚痴を言って、砂を払った。

 私は、面倒臭いなと思って「行こ」とだけ言って先を歩いた。後ろから彼女がついて来るのが分かる。

 昼ご飯の為に、近くのレストランに入った。店員に案内された席に座ると、岡部さんは、早速メニューを抜き取った。口角を上げながらページをめくる。私ももう一つのメニューを取り出した。

 私は、パスタとサラダを選んだ。「どれ食べる?」とまだメニューを触っている彼女に尋ねる。

 「えっとね。う〜ん、畑山は何食べるの?」

 私は、自分のメニューを開いて指を指す。

 「パスタかー。じゃあ、うちも同じのにしよっかな」

 彼女は、メニューから手を離してこちらを見た。

 「じゃあ、頼みますか」私は、そう言うと呼び出しボタンに手を添えた。

 「あ、ちょっと待って」

 彼女が私を止める。そして、財布を取り出して手を中に突っ込み、何かを探し始めた。

 「どうしたの?」と私が訊く。

 「えっとね〜。割引券が使えて、確かここにあったはず」

 彼女は、紙切れを取り出した。顔に近づけて、それに印刷された文面を読む。

 「パスタ、2つ頼むと500円引きやって」

 私に向かって誇らしげに言った。

 「え?まじで?」 私は、彼女から割引券を受け取って、文面を読んでみた。

 確かに彼女の言う通りだ。そう書いてある。

 私は、彼女に「でかした」と言って呼び出しボタンを押した。

 しかし、割引券は期限切れで使えなかった。店員が文面を読んで、使えない訳を説明した。

 岡部さんは、それに対して食い下がった。期限の説明が分かりにくいと反論したのだ。私は、割引券を受け取って再び読んでみると、確かに分かりにくい。解釈によっては、まだ使えるとも読める。彼女は、店員を説得しようとした。しかし、それは通らなかった。

 私は、2人の掛け合いを黙って見守っていたのだが、店員が去って行くと、彼女が一言私に文句を垂れてきた。

 「なあ、なんで擁護してくれへんの?」

 彼女が細目でこちらを見た。

 「なんで?」と私は返す。

 彼女は「別に」と呟いて黙り込んだ。

 暫く沈黙が続くと、私は腹が立って彼女の一連の態度について、文句を垂れてやった。

 彼女は、「ごめん」と小さな声で謝る。

 「守ってくれるのかなって思って。うちの事大切に思ってくれてるなら」

 私は最初は、なんてヘンテコな性格の女だ、と思ったが、前回寄り添ってくれたのでなんだか申し訳ない気持ちになる。次は、優しくしてやろうと思った。

 運ばれてきたパスタを食べる。

私は、水の入ったグラスを傾ける彼女に話し掛けた。

 「ドリンクバー頼もうか?奢るで」

 彼女は首を横に振る。

 そして、「気にせんで、ええよ」と言った。

 割り勘で店の外に出た。

 私達は、彼女の提案で海近くのショッピングモールに向かった。入店すると、早速目の前の靴屋に足を運んだ。

 服屋、雑貨屋、化粧品売り場。彼女が私を引っ張って、モール中を歩き回る。

 1時間位経っただろうか、私は足が疲れてきて道の真ん中に並べてある椅子に腰を掛けた。突然、椅子に収まった私に岡部さんがビックリした顔を見せた。彼女は、左腕に鞄と新しく増えた紙袋を提げている。

 「疲れた?」と彼女が言う。

 私は頷いた。

 「どっかカフェにでも入って休む?」

 彼女は、優しい笑顔で見せる。

 私はまた頷いた。

 彼女が、周囲をキョロキョロしながら、ユラユラ歩き出した。暫くすると、帰って来た。

 「畑山、こっちこっち」と彼女が呼ぶ。

 私は彼女に連れられて、コーヒーショップに入った。順番待ちをしていると、彼女がこう言った。

 「ねぇ、カフェ探した分、奢ってや」

 私は、図々しい女だな、と思うも渋々了承する事にした。カフェラテと彼女の為にカフェモカを注文した。商品が揃うと、先に席に着いている彼女に持って行ってやった。

 お盆を持って歩く。

 テーブルに着く直前の事だった。私は、隣のテーブルの足に躓く。体勢が崩れた私の手からお盆ごと、飲み物が前方にすっ飛んだ。岡部さんの方にすっ飛んでいったのだ。

 

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