第23話
荒い息を収めるように、胸に手を当てた。LINEに表示されている店名と目の前の看板を見比べる。
ここだ。と私は思って、店の扉を押し開けた。
「いらっしゃいませ〜」
男女入り混じった店員の声が聞こえる。
私は、扉近くのテーブルに品を運んでいる店員を見つけて、話し掛けた。
「あの、吉田で予約しておいた者なんですけど〜」
「あ、はい。吉田様ですね。少々お待ち下さい」
彼女は、奥に入り、直ぐに戻って来た。
「こちらになりま〜す」
彼女に付いていく。
向かい合いの4人用のテーブルが見えてきた。そこには、吉田さんと岡部さん、そして私の知らない若い男が座っている。吉田さんと若い男が隣同士で、岡部さんは反対側に1人で居る構図だ。
私は、岡部さんの隣に座った。そして、向かい側の2人を見る。
2人の距離は異様に近かった。吉田さんの左手と男の右手が不自然に、下に消えている。私は、テーブルの下を覗いてみた。
ビックリ仰天、2人は手を繋いでいたのだ。
さっと顔を上げて、再び向かい側を見る。
吉田さんがニヤニヤしている。そして、男の方に頭を傾けた。男は彼女の頭を撫でる。
ショックだった。頭がボーッとして、今にも意識を飛ばしそうになった。
左肩をさする感触を感じる。そちらの方を見ると、岡部さんが申し訳なさそうな表情を見せていた。
「もう!なんで呼んだのよ!畑山くん、可哀想やん!」 彼女は、吉田に怒る。
吉田は、隣の男に体を寄せながら、ニヤニヤ顔を左右に揺らした。そして、私の方に目をチラッと向けて、直ぐ逸らす。
私は、どうすれば良いのか分からなかった。時間をかけてワザワザここまでやって来たのに、こんな屈辱を味わうとは思っていなかった。帰ろうかと思ったが、ショックで歩ける気がしない。
岡部さんは、はぁ〜とため息を付いた。
彼女は、私の方に顔を向けて、謝罪の言葉を述べる。
「ごめんね、畑山くん。香織、元カレからより戻そうって話持ちかけられてたの。それで昨日決心したらしくて、またくっついたんやって」
私は、男の方にも目を配る。彼も気まずいのか、ずっと吉田の方ばかりを見ていた。
帰った方がいいな。
私は、「帰る」と呟いて席を立った。静かに、扉に向かって歩く。
扉を開けて、外の空気を吸った。すると、次第に何だかどうでも良くなってきた。どうせチャラそうな女だったんだから、どうだって良いでしょ、と開き直ってきた。
駅に向かって歩き出す。
「待って!」 岡部さんの声が聞こえた。
私は、後ろを振り返る。
「大丈夫?」岡部さんは、また申し訳なさそうな顔をする。
「あ、うん。大丈夫だよ。一人で帰れるから」
「一緒に帰ってあげようか?」
彼女の発言に少し戸惑った。
「一緒?姫路まで帰る事になるけど」
「う〜ん、じゃあ、どこか店入ろ」
私は、彼女の優しさに乗っかる事にした。
彼女に連れられて、静かな喫茶店に入った。席に座ると、彼女は早速メニューを取り出して開きながら、私に渡してきた。
「どれにする?」彼女は、両肘を立てて、両手の間に顔を挟む。
「えっと」私は、品名と値段を見比べてアップルティを選んだ。
私の注文を聴いた彼女は、呼び出しボタンを押す。やって来た店員に、2人分の注文をお願いをした。
彼が去っていくと、岡部さんが口を開く。
「他に好きな子おらんの?」
「うん」と返す。
「う〜ん、でもすぐ見つかると思うよ」さらに、ひと段落開けて、「見つかると良いね、好きな人」と言った。
さっきの店員が、お盆を持って歩いてきた。
「こちらアップルティで御座います。こちら、……」
机の上に2つのドリンクが飾られた。店員が帰っていくと、彼女が再び口を開く。
「T大って、頭良いんだね」
「うん、一応」
「凄いね」
私は、黙り込む。彼女も口を動かさなかった。
私は、ストローをビニール袋から取り出して、液体に差す。プラスチックのホールに口を付けて、目だけを店内に向けながら、液体を吸い込んだ。
彼女もコーヒーカップを口に持っていき、それを傾けた。
「優しいね、一緒に居てくれるなんて」
私は、ふと思い付いた感謝を口に出した。
彼女は、少し嬉しそうな顔を見せて、「うん」と頷く。
この時、自分のふと出た言葉を振り返った。何故、彼女は私を慰めてくれるんだ?
私は、彼女は私に気があるのではないかと思った。そう考えていると、妙に彼女の事を意識する様になった。
「岡部さんは、彼氏さんとか居るん?」
彼女は首を横に振る。
「居ないんだね?」
彼女は頷く。
「好きな人は?居ないの?」
「え〜、居ないよ。多分」
「多分って?そっか、今の学校だと出会いなさそうだもんね」
彼女はまた頷く。そして、「そう出会いないの。香織とね、彼氏作ろってバイト始めたんやけど」と区切った。また、コーヒーカップを手に持った。
「若い人、殆ど居なかったね」私もストローに口を付ける。
彼女は、カチャンと音を立てて、首を傾げながら甘い声でこう言った。
「ねぇ、畑山くんも彼女欲しくてバイト始めたの?」
私は、ドキッとしてグラスを遠ざけた。
「違う違う。親にしろって言われてさ」とテンパった様に応える。
「え、でも、彼女欲しいでしょ?」
また、甘い声が耳に届く。
彼女は間違い無く私に気がある。そう感じた。この女の子と付き合おう、と思った。
仲良くなる為には?食事に誘うのがいいのかな。
「あの、好きな食べ物とか有りますか?」
彼女は、ビックリした顔を見せたが、すぐにニヤリと唇を広げて、「海鮮系…かな?」と口ずさんだ。
9時前になると、彼女と店を出て、帰路に着いた。駅前まで行くと、手を振って別れる。
電車に乗った後も、彼女との会話は続いていた。彼女のLINEを開き、メッセージが来ればその都度返す。
飽きる前にスマホの充電に限界がきた。私は、(充電がヤバいから、そろそろ切るわ)と送った。
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