第21話

 静寂な玄関ホールを通り過ぎる。朝来た自動ドアから外に出た。むわぁっとした熱気を感じる。

 ビルの隣にある海沿いの公園で子供達が遊んでいるのが見えた。彼等の声をBGWに、雲が限り無く少ない晴天を海とセットで眺めた。

 そうしていると、少し前を歩いていた背の低い方の女の子が私に近付いて来た。

 「なあなあ、名前何て言うんですか?私は吉田 香織って名前なんですけど」

 馴れ馴れしく言葉を掛けて体を近付ける彼女に、私は少し身を引いた。しかし、ここは男らしくしようと気を取り直して、キリッと返答をした。

 「畑山 孝介って言います。T大生です」

 「T大?えー、何処だっけ〜」

 吉田さんは、もう一人の方に顔を向けて言う。しかし、その子も知らない素振りを見せた。

 「京都にある大学なんですけど…知らないですかね?」

 「うちら、大学行ってないからね〜」と女の子2人だけでケタケタ笑う。

 「もう一人の彼女は、何て名前なんですか?」 私は置いていかれないようにへばりついた。

 「あ、私は岡部 知子と言います」と本人が応える。

 「吉田さんと岡部さんですね」

 彼女達が頷く。

 私は、出口目がけて急なカーブをかけた。

 彼女達と離れる。

 彼女達はふと感づく表情をそれぞれ見せた。

 「あ、私達元町駅なので、こっちです」岡部さんがそう言う。吉田さんも頷く。

 「あ〜、マジですか。ここでお別れですね」 

 そう言うと、彼女達はお辞儀をして、「でわ、また」と口々に言った。私も会釈して、笑顔で手を振った。彼女達も振り返す。

 そして、私は1人で帰路に着いた。

 次の日も、同じ時間帯に仕事が入っている。行ってみると、彼女達も全く同じだった。

 この日は、窓拭きをやらされて、岡部さんと一緒になった。

 彼女は、身長が高い方で恐らく山崎さんと同じ位の170cm弱だと思う。普段からしているのか厚化粧のその風貌に、度々同業者のおばさんの陰口が耳に入る。大き目の目立つイヤリングまで付けているので、正直擁護し難い。

 私は、直接イヤリングの事を言ってみた。すると、「可愛いでしょ〜」と耳元を揺らして誤魔化された。

 昼休憩、彼女から吉田さんの事を少々訊いてみる事にした。吉田さんは、メイクアップの専門学校で3年目を迎えている20歳だそうだ。趣味は、メイクと野球。因みに、岡部さんは同じ学校の1つ下、2年生の19歳。

 私は、吉田さんとの共通点を見出したかったが、メイクも野球も興味が無い。どうしたもんかと頭を抱えていると、岡部さんが弄ってきた。

 「畑山くんってさ〜、香織の事狙ってるん?」

 私は、手を横に全力で振って否定した。

 岡部は、右手で顔を支えるポーズを取って、「あ〜、でもあの子ね。うふっ、う〜んどうだろう」と妙な事を口にした。

 私は、訝しげに顔を窺ったが、それ以上の情報は手に入らなかった。

 昼休憩が終わって、残りの窓に取り掛かった。

 それは、8階の窓を拭いている時だった。

 静かなガタゴト音が聞こえる。私は、気にせずに、手を動かした。コンコンコンと誰かが窓を叩く音がする。私はビックリして、窓の枠辺りを目で一周した。

 すると、上方にゴンドラに乗った吉田さんが姿を現した。彼女はどうやら岡部さんに挨拶している様で、彼女に手を振っている。

 私は残念な気持ちになって、下に俯いた。すると、またコンコンと音がする。また上方を見ると、吉田さんが私の方にも手を振ってくれているのが分かった。私も彼女に手を小さく振った。

 内心では嬉しかったが、お金を貰っている以上、仕事は真面目にやろうと心に決めている。遊んではいけないのだ。昨日の失態の反省を見せなければ。ただ、彼女の隣で作業している男性は、微笑ましそうな表情を見せていたので、心持ちは楽になった。

 ゴンドラが私の目の前に停止した時には、随分と妙な気分を味わった。少し目を逸らせば、彼女の容姿を堪能できる。また、彼女も同様にそうだろう。恥ずかしさと気まずさと嬉しさが混じった不思議が感情だ。

 仕事が終わって、また彼女達と3人で帰る。

 私は彼女達に、シフトの日程を尋ねてみる事にした。

 2人は、土、日、火、水の週に4日入れているそうだ。それで、8月の28日までやるらしい。一方、私は、土、日、水となっている。

 私は「次は水曜日だね」と吉田さんに言うと、彼女は雑に頷いた。次に、LINE交換しようと提案すると彼女はのってくれた。

 続けて、岡部さんとも交換しようとすると、彼女が「もう目的は達成したんじゃないの?」と小声で茶化してきた。私は、赤面して「いいから、交換しよ」と照れ笑いしながら返した。

 結局、二人分のLINEを手に入れた私は彼女達とお別れした。

 水曜日、休日で静寂だった玄関ホールには、複数の会社員の足音が響き渡っていた。私は、恐る恐る自動ドアからエレベーターに向かう。

 6の数字が光る中、敬語で電話をしている男社員が私の隣に並んだ。そして、暫くするとまた1人、新たに並ぶ者がいる。エレベーターが一階に到着する頃には、10人位が3列になって、私に圧迫感を与えていた。

 でかいビルに勤めるエリート達。彼等彼女等の顔は、自信に満ち溢れていて、私には小学生でも見るかの様な眼差しを向けていた。

 目的の階に着くと、私は勢い良く外に飛び出した。その場から離れたい一心で、早足になる。

 暫く歩くと、人声も少なくなった。そこで、歩みを緩めると、求めていた女の子の声が聞こえた。

 「おはよう、畑山くん」

 吉田さんが、ローズの香りを身にまとわせながら、私に体をすり寄せる。そして、顔を上げて、ニコッと笑った。

 柔らかい彼女の体に、少しの興奮を覚えながら、私も挨拶を返す。

 

 

 


 

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