第20話
私はと言うと、以前より女性にオドオドする様になったと思う。恋愛脳になったと言うか、町ですれ違った女性に対しても意識する様になってしまった。
しかし、暫くは恋愛から離れようと思う。私は少し疲れたのだ。
因みに渡邉にも、前に言ってた子じゃ無いらしいが新しく恋人が出来たらしい。これで、いつメン4人衆の中で、彼女が居ないのは私だけになった。
森田君は、彼女にゾッコンなのか、放課後私達と遊んでくれなくなった。その上、彼女と同じバイト先に入ったらしくて、余計休日の相手もしてくれなくなった。夏休みが迫っている中で、4人で旅行は行こうと誘ったら、ギリギリOKを出してくれる程度だった。
7月に入ると、講義中、教授が前期試験の事を口ずさみ始めた。試験は8月の初めから終わりにかけて、各教科によってまばらにやるらしい。
前の授業の復習程度はしていた私だが、普段から多少の見えは張っているので、ここで一つでも落としては不味いと第一講からの勉強を開始した。数回ほど試験勉強をしたタイミングで私の悪い癖が出てしまった。森田君に勉強で優位に立とうと話しかけたのだが、軽く一蹴されてしまった。
「恋愛しているのに、どうしてそんなに勉強を進められるの?」と彼に訊いたら、「彼女のお陰で寧ろ頑張れる」と返された。彼には全てで負けた気がした。元々優位に立とうと話しかけたのに、逆に崖から落っこちてしまったようだ。
8月に入って、いくつかの試験を乗り越えると、気休めは出来ないが、正式な夏休みに入った。私は、「夏休みはバイトをしろ」と親に口酸っぱく言われていたので、同じサークルの先輩、吉川さんに勧められて、3週間の清掃員アルバイトをやる事にした。
バイトの初日、8月6日に私は、神戸の方にあるエポスキュールというビルを訪れた。どうやら、勤務先が希望出来ないみたいで、私は1人でそこに向かう事となった。
ツインになっているデッカいビルがそびえ立つ。緊張した面持ちで、ガラス張りの自動ドアから中に侵入した。カウンターに綺麗な受付嬢が2人立って居るだけで、他には誰も居ない。私は、キョロキョロと忍び足で奥に進んだ。
時計を確認すると、集合時刻5分前。
私は、人気が無い静かな空間で、ただ立っているだけなのが居心地悪く感じたので、並べてある高級そうな椅子に座ることにした。キョロキョロもしない様に心掛けた。カウンターの受付嬢がコチラを見て、心の中で笑っているかもしれないからだ。
企業からのメールを再確認する。間違いは無いはずだ。
ブーンと極小音が鳴った。そして、知らない女の子達の話し声が聞こえてきた。
声の方を見ると、自動ドアを通って大学生位の女の子達が2人、建物内に入って来るのが見えた。
彼女達も余りにもの静けさに気付いたのか、途端に口を抑えて静かにした。そして、キョロキョロする。
彼女達の様子を眺めていると、私はフッと吹き出しそうになった。
暫く眺めていると、彼女達は受付嬢に何かを話し掛けた。聴いてみると、どうやら彼女達も清掃員のアルバイトで来たらしい。受付嬢は、丁寧に部屋の場所を教える。彼女達は、お礼を言ってエレベーターの前に立った。
私は、焦って彼女達の後ろに並ぶ。足音に気付いた一人の女の子が私を見た。
振り返り美人とは、彼女の事だろう。その子は、背は低いが、長目の垂らした髪の毛に色気のある真っ赤な口紅を付けている。羽織っていた服を手に掛けて、肩が露出された服装がエロチックだ。
私は、目が合いそうになると思わず視線を下げた。その後、もう一人の女の子も私を見たのが何と無くわかる。彼女達は、私に聴こえない程度の小声で会話した。
エレベーターが到着を告げる。
私は、中に入ると彼女達の後ろに回り込んで、時が経つのを待った。電板を見る。…4、5、6
少々時間が掛かりそうだ。
「あのぉ、清掃員バイトの方ですか?」
さっき目が合いそうになった子に、いきなり声を掛けられた。
私は、「あ、はい。そうです」と応える。
「大学生ですか?」続けて、そう訊かれた。
「そうです、そうです。因みに、お二人も大学生ですか?」
2人は、顔を見合わせて頷き合うと、またさっきの子が「専門学生です」と応えた。
チンーと音が鳴って、扉が開く。
私は彼女達の後を追った。
待ち構えていたのは、笑顔を浮かべたおっさんだった。彼は、私達を見るなり、優しそうな声で「よう来てくれはった」と言った。
私達は、彼の案内で着替え室まで行くと、予め貰っていた服装に着替えた。部屋を出ると、彼が待っている。
「じゃあ、先にね、君にはモップ掛けをして貰おうか」
私は、背中を添えられ、指を差され、佐藤という男の元まで案内された。彼は少し無口で真面目でクールなタイプといった所か、私達は簡単な挨拶を交わして、直ぐに作業に取り掛かった。
昼休憩を挟んだ後も、私は引き続いてモップ掛けをした。流石に数時間もやっていると、飽きてきてふざけたくなる。走る様に水拭きしてみた。すると、長い一直線の通路もあっという間だ。
しかし、途中でそれを佐藤さんに見られてしまって「おい、ここ拭けてないぞ」と的を得たお叱りを頂く羽目になった。
5時になると、仕事も上がりとなって、私は帰るように指示された。
朝来た道を戻る。エレベーターを待っていると、朝会った女の子2人が私服でやって来た。
私は「お疲れ様でーす」と定型文を返す。
彼女達も同じ言葉を返した。
しばし無言の時間が流れると、朝話した、つまり背の低い方の女の子が馬鹿にする様に話し掛けて来た。
「ねぇねぇ、さっき怒られてたやろ」
私の頬にも笑みが浮かんで、無形の言葉で返事した。
これが将来の妻との出会いだった。
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