第19話

 火曜日6時、部会の帰りにそそくさと廊下を歩く私は、新田に呼び止められた。

 「ねぇ、畑山君。さやとはどんな感じなん?」

 早足の私に付いて行く為に、必死な様子だ。

 私は後ろを振り返りながら、「さあ」と返した。

 「さあって何よ。山崎って人の事が好きなんでしょ?さやはどうなのよ!」

 私は、応え辛くなって更に急足になる。そして、声を上げ続ける新田を振りきった。

 彼女達にも、遂に山崎さんの存在が知られた。引き伸ばしていた決断を下す最後のチャンスだと思った。

 6月も2週目、夕方までは半袖で十分だが、夜になると長袖の羽織う物が欲しくなる。建物の玄関を前に、私はガーディアンを鞄から取り出して、着る為に荷物を床に置いた。

 「畑山くん」

 前方を見ると、玄関先でダンス服を着た大園さんが、笑顔で立っていた。

 「あ、ああ。久し振り」

「今日一緒に帰る?もうサークル終わったし、帰れるんやけど」

 私は顔を何処かに向けながら、「う〜ん、まあ良いよ」と応える。

 彼女は嬉しそうに、「じゃあ、学びの噴水の所で待ってて。直ぐ行くから」と言った。

 彼女の早足で何処かへ向かう背中を見ていると、とても健気で自分なんかには勿体無い、という気持ちになる。溜息を吐いて、トボトボと噴水に向かった。

 直ぐに彼女は走って来た。

 「お待たせ!」  

 作り笑いの彼女に、私も手で返事をする。彼女が隣に着くと、私達は自然と歩みを始めた。

 彼女の顔は、さっきまでの笑顔とは打って変わって、私を試す様な表情に変貌した。

 「最近、話してくれないね!」彼女は強めに言う。

 「ちょっと、予定があってね」呟く様にそう言った。

 「ねぇ、もしかして私以外に好きな人居るの?」

 私は、声が詰まる。

 「山崎って女の子が好きなん?彼女とはどういう関係なの?」

 「どういうって、ま、まぁゲーム友達…かな?」

 「ふーーーーん、ほんとかな〜」

 彼女の怖い声に私は何も言い返せなかった。

 2人の間に沈黙が流れる。

 再び口を開いたのは彼女だった。

 「そういえば、手も繋いだんでしょ?その女の子と」

 私は、曖昧に首を動かした。

 すると、彼女はカッとしたのか、怒号を上げた。

 「なぁ!ハッキリしぃーや。私よりその山崎って人が好きなんやろ?!!だから、最近私と話してくれないんやろ?」

 私は顔を下に向けて、無言を貫く。

 パシンッ! 彼女に頬っぺたを叩かれた。

 私は、体が震え出して、咄嗟に彼女を見る。涙目になっている顔が視界に入ってきた。

 オロオロとしていると、彼女は早足になって、スタスタと駅に向かって1人で歩いて行った。途中涙を拭いて、怒り満載のその様子に、私は何かをしてやらねば取り返しの付かないような気がした。しかし、何かを出来るはずも無くて、暫くは後を付いて行っていたのだが、駅が見えてくると線路越しに目を合す事の無い様、その場で立ち尽くしてしまった。

 彼女とは終わったと感じた。不甲斐ないアヤフヤな態度をずっと続けていたのが、間違いだったのだろう。男らしく決断すべきだったんだ。

 何も考えたく無くて、体重任せに電車の座席に座り込むと、人が周りに居無い事を確認して、横になった。次の駅に止まると、入ってきた人が私の前の席に座った。私は焦って、体勢を整える。

 向かいの人は、私に気を遣ってかずっとスマホを見ている。何だか申し訳が無いので、私もそれを真似てスマホを取り出した。

 久し振りにLINEを開いて、メッセージをチェックした。色々な人から来ていたが、特に目を引いたものは、森田君からだった。

 (悩みあるならなんでも聴くよ。ちゃんと話し聞いたるから何でも言ってな)

 私は、感激した。これ以上、1人で悩んでいても仕方の無いと感じていたので、森田君には感謝してもし切れない。

 私は、そのまま文章で事の顛末を暴露した。自宅に帰ってからも、通話で泣きながら詳しく話した。

 次の日になると、森田君が伝えてくれていたのか、中井と渡邉も理解を示めしてくれていた。3人とこの数日間、会話が少なっていて関係が途切れそうになっていただけに、より一層安心感を感じた。

 後日、森田君と私の奢りでいい物を食いに行った。彼は「いいいい」と遠慮すると思っていが、案外誇らしげに私の提案を興じた。

 山崎さんには謝りを入れて、関係を絶っち切った。大園さんを傷つけた以上、彼女と付き合う資格は無いと思ったからだ。

 山崎さんは、怒った様子を見せずに素っ気無い返事でさっさと何処かへ立ち去っていった。その態度に、少々身構えていた私はあっけらかんとしたが、蓄積を考えれば彼女もまだ遊び感覚だったのだろうと納得した。

 山崎さんにとってはとんだ大迷惑だった、と思う。出会って1ヶ月ばかりの男友達に関して、略奪女だの散々言われる羽目になったのだ。幸いにも、文系と理系とではうちの大学ではパッカリ行動範囲が分かれていて、今季の授業が終われば会う事はほぼ無いだろう。

 夏休みに入る少し前に、彼女が他の男と2人で、歩いている様子を見掛けたことがある。詳しくは知ら無いが、恐らくその男が彼氏なのだろう。幸せそうな様子に私は安堵した。

 7月の初め頃には、大園さんにも彼氏が出来た様で、2人で歩いている様子を良く見掛ける様になった。私は、邪魔しない様に視界にすら入らない事を心掛けた。

 更には、森田君にも彼女が出来た。文系の女の子で、物静かで、気前の良く、人の嫌がる事を進んでやる子だ。

 告白する前は、彼も相当テンパっていたみたいで、小洒落た服装に硬らせた顔を乗せたコメディ人形みたいになっていた。

 私ほどでは無いが、恋愛の事になると彼も相当痛い奴になっていて、告白を「答え合わせ」と当て字していた。それを告白前に3人で弄ってみたら、顔を真っ赤にさせて怒ってどっかに行ってしまった。彼が帰って来て私達が謝ると、どうやらその勢いで告白したらしく、「成功した」と大喜びしていた。


 

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