第18話

 チャイムが校舎内に響き渡ると、教授が講義の終わりを告げた。大園さんは直ぐに立ち上がり、急足で教室の外に出て行く。私は、何事だと一瞬彼女の歩きを凝視したが、トイレではないかと推断して、座って待つ事にした。

 教科書、ノート、筆記用具を鞄にしまい込み、スマホを弄っていると、背後から山崎さんの声が聞こえてきた。

 「ねぇ、一緒に帰ろ」

 「え?あ、いや、今日は他の人と帰るから…」

 「あ、そう」 「うん」

 「分かった、またね!」

 彼女は手を振りながら、出口に向かって歩く。

 「あ、そうだ。今日、連絡するね。一緒にゲームしよ!」

 途中で、彼女は慌ててそれだけ言うと、再び歩き出した。

 そして、彼女が出て行ってから暫くすると、大園さんが帰って来た。大園さんは、急いだ手つきで荷物の整理をする。私は、黙ってそれを見守っていた。

 立ち上がり、手提げを肩に掛けると私の方に体を向けた。

 「よし、帰ろ」と私も声を出して立ち上がる。

 私達以外の誰もいなくなった教室で、私は彼女の手を握り、出口に向かって歩いた。

 キャンパスを少し離れると私達はまた手を繋ぎ合わせて、お互いが口を開くのを待った。

 「あの私、言えなかったけど、今日、いつも通りバイトあるから。また明日とかにせえへん?デート」 先に口を開いたのは大園さんだった。

 「ああ、そっか。そう言えばそうだったね。じゃあ、明日か…」

 そう言いながら、部会の事を思い出した。

 「うん、授業終わったら連絡するね。明日、何限まで有るの?」

 彼女にここまで言われてはと思って、部会の事は益々言えない。

 「えっと、明日は4限まで有るね。大園さんは?」

 「え〜っと、私も4限かな」

 「分かった。こっちが先に終わったら、こっちからLINEするね」

 気が付くと、常磐駅の近くまで来ていた。

 いつも通り改札後の階段で別れると、もう来ていた電車に私は乗り込んだ。そして、電車は動き出して、流れる背景から彼女が階段を登り終えるのが見えた。

 その夜は、約束通り山崎さんと連絡を取り合い一緒にゲームをした。お互い好きなゲームだっただけに、約2時間位プレイしていたと思う。時計を見るともう11時前になっていた。私は、明日の実験レポートがまだ未完成だったので、頼んで途中で切り上げてもらった。終わりに彼女から「また、明日もやろう」と誘われた。楽しかった時間を思い浮かべれば、勿論、誘いに乗る事にした。

 火曜日、大変な実験授業を終えて、哲学の講義を待っていると、忘れていた事を思い出した。

 立花さんが、「やっほー」と言って、私の隣に座る。この授業が終わると、風邪気味だとかなんとか嘘を付いて、部会を休もうかと思っていたのだが、これだとその嘘は突き通せない。私は立花さんと会話しながら、次なる作戦を考える羽目になった。

 講義が終わっても、結局良い案が浮かばなかった。しかも、サークルの話になると立花さんに会話の流れで、今日の部会に出席します、と宣言の様な事を言ってしまった。

 仕方なく私は、彼女と6号館に向かいながら、大園さんのLINEを開いた。

 (ごめ〜ん。今日、サークルの大事な日で必ず行かないといけなくなっちゃった。今日の埋め合わせは必ずするから)

 私は、彼女もか、とホッと安心して、(大丈夫、こっちも部会の集まりあったから。また今度ね)と返した。


 しかし、彼女とデートに行ける日は無かった。時間が有る大学生と言っても、案外予定が合わない様で、彼女の方にも風邪があったりと、次にまともに会えたのが次の週となった。

 その間にも、私は山崎さんとゲームをしたり、度々会ったりとしていた。そうしている内に、大園さんにだけに集中し掛けていた愛情を、山崎さんにも抱きはじめていた。

 金曜日の放課後、私は山崎さんの誘いで、一緒に京都市を散策した。彼女の気持ちを確かめてみたくなった私は、彼女の手を握ってみた。ビックリした顔が伺えて、手に汗が滲むのが分かる。

 「意外と手慣れているのね?」と彼女が茶化す様に言う。

 私は適当に返事して、やってしまったと後悔した。本命でもない女の子にこんな事をする男になるとは、我ながら思っていなかった。自分は浮気するタイプの男なのだと実感して責めた。

 別れる時の彼女との挨拶で、私の心は完全に山崎さんにも奪われた。照れ笑いしながら、手を振っている彼女の顔が「そのつもりなら、良いわよ」と語っていたのだ。彼氏が居なかったのもそうだが、私が今ここで告白でもすれば、高確率で付き合えるという事実に興奮せざるおえなかった。また、彼女を抱き締めたり、キスしてみたいと衝動的な気分になった。

 それらを耐えて、完全に別れた後、1人電車に乗り込んで2人の事を思案した。

 2人に対して抱いている愛は、完全に互角だ。大園さんにこだわっている理由は、最早周囲の目だけだった。森田君、中井、渡邉、彼女の友達、民謡サークルのメンバー、それ以外にももっと居るだろう。もし、もし裏切ったら、彼等彼女等はなんで言うだろうか。どんな仕打ちを私に下すのだろうか。

 あんだけのラブラブっぷりを見せつけておきながら、いざとなったら他の女に行く男。そんなレッテルを貼られると、味方は誰も居なくなり、周囲から軽蔑され、蔑まれ、いじめられて、嫌われる。きっと、地元にも居辛くなるに違いない。

 必死に解決法を模索するが、見つからない。しかし、答えが見つからなくても、次の週は勝手にやってくる。その間の土日に来た山崎さんからのゲームのお誘いは無論、お断りを入れた。

 5月の終わりが近付いて、大学内にもカップルは増え出した。それを敏感に感じてか、大園さんと山崎さんからのお誘いLINEがしょっちゅう来る様になった。私は返信を渋りに渋り、彼女等との接触をなるべく避けるようなった。

 

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