第16話 畑山の本心
突然だが、わたくし、畑山の本心を語ろうと思う。
実の所、私は大園さんより山崎さんと付き合いたいと思っている。理由は、単純に大園さんより山崎さんの方が好みだからである。ただ、これには問題点がある。それは何かと言うと、私は大園さんを完全に愛し切ってしまっているという事だ。一方、山崎さんの方は、顔がどタイプで話も合う、運命の人だと思っている。
大園さんを切り捨て、山崎さんを選ぶべきか、それとも彼氏がいるかどうかも分からない山崎さんなどに好意を抱かず、そのまま大園さんを愛し通すか。この究極の選択に私は、直ぐには決断を下す事が出来なかった。
世の中の条理的には、暫くの期間で愛を深めた大園さんと付き合うのが正解なのだと思う。お互い好意を伝え、付き合う直前に裏切るのはおかしい事だと分かっている。彼女を悲しませる事になるのは分かっている。しかし、タイプでも無い女と付き合って、他の女に目移りしない自信が無い。
そこで、私が大園さんに惹かれた理由を考えてみた。外見は先ずタイプで無い。因みにこれはブスだと言ってる訳ではない、全然可愛い方ではあると思う。ただ顔がタイプで無いという事だ。しかし、事故で見た目が多少崩れても変わらず愛し続けれるという利点がある。
次に、内面。これは分からない。彼女に、トキメキを感じる事はあった。幸せな気分にはなっていた。しかし、会話をしていて、特別楽しかったり、嫌な気分になった事が多い訳ではない。他の人とこれといって変わりがないのである。
私は、ビックリした。彼女に惹かれるものが全く無い。ただただ、漠然と愛しているのだという事に気が付いた。多分、彼女という存在が好きなのだろう。訳の分からないだろうが、こればかりは言語化が難しいのである。
逆に、彼女は私の何処を愛しているのだろうか。出会った日の事を思い返せば、外見はどちらかと言うと好みなのだろう。内面も同じ様に愛しているのだろうか。本物と偽物が混じった私を彼女は愛しているのだろうか。
夜はサークルで飲み会が開かれた。
私は、隣に座っていた吉川とかいう男の先輩によく話しかけられた。授業はついていけてるのかとか、バイトはどうだとか。私は、包み隠さず話し、吉川さんも真摯に頷きながら聴いてくれた。「悩みがあるなら、何でも訊いてくれ」と言われた。この人なら信用できると思ったが、やはり今抱えている恋愛トラブルは相談出来なかった。
用を足したくなった私は、彼に一言言い、トイレに向かった。
トイレから出ると、何とも気まずい光景が目に入ってきた。田村と新田が腕をまわして、キスをしていたのだ。ここから席に戻るには、彼等の居る通路を通らないといけない。
しまったどうしよう、と頭を抱えていると、田村が私に気が付き、新田を連れて皆んなの所に戻って行った。
田村と新田、お似合いだと思うが、正直キスまでは見たくない。全く近頃の若者は、と年寄りじみた事を呟いた。
私も席に戻ると、田村も新田も何事も無かったかのように、平然と誰かとお喋りしている。心配して損した、と思い、自分の酒をチビチビと呑んでいたら、山田が話し掛けてきた。
「よう、大園さんとはどうなんだ?」
私は、吹き出しそうになりながら、周りを目で見渡した。
そして、「いや、まあ、その」と恥ずかしくなり顔を俯かせる。
「告白されたんだろ〜?」酒の匂いを嗅がせながら、彼はそう言う。
「いや、まだ良いって言われただけで…」
「フーフー」
「俺がされたの誰から訊いたんだ?」
「え?新田だよ。お前も告白したんだろ?」
「あ〜、やっぱ、告白してたんだな〜」私は呟く。
「あのなぁ、お前。お前が大園に告白したの結構広まってるで。うちのサークルも皆んな知ってるし」
私は、ビックリして辺りを見渡す。近くに座っているメンバーは、皆会話を止め、私達の会話を盗み聴きしている様に見えた。
「マジかよ、おい。誰が広めたんだ?」
「え?いや、それは知らん」彼の顔は明後日の方向に向いた。
恐らく、コイツだ。
山田は、バツが悪くなったのか、何処かへ行ってしまった。
私は、彼女の事を訊かれるのではないかと思い、その後は誰とも話す気になれなかった。そして、8時位でカラオケに向かうメンバーと別れ、一人で帰路に着いた。
寝る前にLINEをチェックすると、大園さんから(これからよろしくね)と来ていた。どうにか、交際を先延ばし出来る魔法の言葉はないかと、頭を回転させる。部屋の文字にも目を配る。しかし、意外と見つからないもので、非情だと思うが(まだ、付き合ってはないよ)と返信した。
ベッドの上に寝転がり、会ったら、何と言い訳しようか考えた。
木曜日と金曜日は、極力大園さんと会わないように行動した。トイレに籠ったり、食堂にも近寄らなかった。それが功を成して、彼女と会う事は無かった。
しかし、金曜日の放課後、山崎さんにまた呼ばれたので、彼女とは会った。大園さんとの様に愛を深めるには、まだまだ蓄積が必要だ。そう思い、焦った様子が、彼女を引かせてしまい、その日は関係を後退させてしまった。
そして、月曜日、問題の日が訪れた。
無機の授業を終え、私は森田君と食堂へ向かった。木、金と理由も無しに食堂に向かわせなかった中井、渡邊が怒り出したので、渋々彼等に賛同したのだ。まあ、どうせ大園さんとは今日会う事になるんだし、と自分を納得させた。
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