第13話

 月曜日、森田君が風邪を引いたので私は一人で無機化学の講義を受けた。中井や渡邉とも会わず、なんだか物足りない日を送っていた。

 食堂で昼食をさっさと済ませてしまうと、線形代数の教室に向かった。大事な情報を見落とさない様に習慣付けている掲示板チェックを、通り際にする。すると、私を引き戻させるキッカケが書かれてあった。

 [○○ ○教授 今週の線形代数の授業は、お休みさせて頂きます。]

せめて、大園さんとは会って話するくらいは出来るだろうと期待していたのだが、講義が無いんじゃそれも叶わないかもしれない。私は、ガッカリした気持ちで、帰ろうかと思った。しかし、彼女も私と同じ事を思っていてくれてたら、もしかしたらだが、わざわざ無い授業の教室まで一瞬、見に来てくれるかもしれない。それに、私が休講だと知らずに、教室に鎮座している可能性は0では無い。

 結局、私は期待を胸に膨らませ、教室のいつもの席に座った。

 スマホを弄りながら、廊下から視線を敏感に感じる。恥ずかしさに耐えながら、ジッと彼女を待ち続けた。

 本来の講義開始5分前位になると、誰かが教室に入ってくる足音が聞こえた。私は、鞄を漁るフリをして、そちらの方を見る。

 何処かの椅子が引かれる音。そこに座っていたのは、先週会った顔面がどタイプの女子だった。

 彼女の様子をチラチラと眺めていると、線形代数の教科書とノートをバッグから引っ張り出し、復習らしき事を始めていた。

 彼女は、休講になった事知らないのかな、と私は思った。

 流石に、ずっと私と2人きりだったので、彼女もキョロキョロし始めた。私と目が合う。彼女は、数秒ジーッと私のことを見つめ、視線を逸らした。

 そして、何か思い立った様で彼女は手ぶらで教室を出て行こうとした。

 「あの〜!」 私は、頑張って声を出す。緊張で体がカタカタ震えているのが分かる。

 「はい?」

「今日の線形代数の授業、休みです」

 彼女は照れ笑いをし、「あ〜、知らなかったです。どうも、ありがとうございます」とお礼を言った。

 彼女がそそくさとバッグに、出していた物を入れ始めたので、私は、今しかない、と思い勇気を出して話し掛けた。

 「あの〜、失礼でなければ宜しいのですが、学科はどちらですか?」

 彼女は、一瞬戸惑いを見せるもちゃんと応えてくれた。

 「えっと、経済学部です。ここって理系のクラスですよね?私、単位落としちゃって、特別にここで受けさせてもらっているんですよ」

 私は、申し訳ない気分になった。しかし、ここで止めると余計失礼な気がしたので、会話を続けた。

 「ってことは、2年生…とかですか?」

「はい、2年生とかです」

 「授業について行けてますか?どうですか?」 私は、スラスラと出てきた自分に言葉に感謝した。連絡先を交換できるかもしれない流れに持ち込めた。

 えっと、と彼女は笑う。そして、続けて「今のところは…、というか前年度は後半からチンプンカンプンで…」

 照れ笑いしている彼女に、私は畳み掛ける。

 「あの、もし良かったら、僕が教えるんで、LINE交換しませんか?」

 「えー、いいの〜?ありがとうございまーす。理系の人って、やっぱ頭良いな〜」

 私は、直ぐにスマホを取り出して、LINEを開いた。そして、彼女のQRコードを読み取り、フレンドに追加する。

 満面の笑みで言葉を発している彼女の顔を、間近で見た。笑顔は本当に素敵で、その時だけは、立花さんを遥かに凌駕していると断言できる。なんて言ったって、この子の笑顔は芸能人並みだ。

 ここで、彼女の特徴を言いたいと思う。身長は高め。私の妹のミカが165cmでそれよりも少し高く見えるので、恐らく170弱位だろう。顔は、白人の血が少し混じっている様な彫りの深い、カッコいい造形をしている。髪は少し長めで、下に真っ直ぐ垂らしていて、オデコには分目があるため、顔を出している真っ白なそれが色っぽい。

 LINEを再び開いて、名前を確認した。

 山崎 奏恵(かなえ)

 「山崎奏恵さんね」

「そうそう、かなえって言います。宜しくお願いします」 彼女は、また笑顔を作った。

 「あのもし良かったら、一緒に帰りませんか?僕、常磐駅なんですけど」

 彼女は、「あ、いや。友達が待っているので」と嫌そうに言う。

 私は、察して「あ、すみません。そうですよね。では、また」と言って会釈して、離れた。

 山崎さんが教室を出て行った後、私は飾り時計を見て、チャイムの音が既に鳴り終わっていることに気付いた。思ったより、長話をしていたみたいだ。ニヤニヤしながら、山崎さんのLINEアイコンを眺める。

 可愛い女の子といきなり話せる様になったのは、大園さんとの実践的特訓の賜物だと思う。いや、勿論大園さんの事は愛してる。ただ、タイプの女の子に目がいってしまうのは仕方のない事だ。

 私は、この時山崎さんとのムフフな妄想をしていた。更には、大園さんを見捨てる妄想もしていた。今から思えば、本当に自分は最低だと思う。そして、一生の後悔をする事になる。

 大園さんにLINEでもしようかと悩んだ。彼女とは、もうそれくらいして良い間柄だと思う。

 何を送ろうか、悩んだが、何だかどうでも良くなった。どうせ、水曜日になればまた会える。なんなら、今から探せば会えるかもしれない。

 

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