第8話

 授業が終わり、私は大園さんに声を掛けた。

 「大園さん、今日も一緒に帰ろう」

 彼女は、私を目の端で見て、「いいよ」と淡白に応えた。

 先週の様に彼女は先に教室を後にし、私はそれを追いかける形になった。

 「大園さん、みおんちゃんって何?」

私は、彼女の横に並んでまたそう言った。

 「ううん、何でもないよ。私のね、お友達なの」

 「ふーん」

 「ねえ、畑山君は、民謡研究会だけ入るの?」

 「うん、沢山入る意味ないかなって思って」

 「そうなんだ〜、スポーツとかのサークルには入らないの?」

私達は、サークルの話だけで常磐駅まで持ち堪えた。大園さんは、今日もバイトだからと言って、階段を降り、反対側のホームに向かった。彼女の姿が見えると、ファーと音を立てて私が乗る電車が確認出来る。私は反対側にいる大園さんに手を振ると、彼女も振り返してくれた。それを見て、ニヤニヤしながら、私も続けて手を振った。そんな時間も長く無く、すぐに電車が私達を遮り、私は手を下ろした。

 電車に乗り込んでも、私は彼女を探し、手を振ろうとした。しかし、彼女を見つけた後、何だか彼女が振り返してくれなさそうな気がしたので、ただ見つめるだけにした。

 そして、電車が発車し、見えなくなるまで、彼女の姿をじーっと目で追った。

 火曜日は、森田君と放課後遊ぶ約束を、前日にしていた。ただ、具体的に何をするかは決めておらず、兎に角、京都駅に行くことだけを決めていた。

 朝、彼とは偶然、鳴滝駅でバッタリ出会い、一緒に学校へ向かった。

 私は、「そう言えば、森田君の出身は何処だろう?」と尋ねた。

 彼は、「情報の授業の自己紹介で言ったやん。兵庫だよ、兵庫」と応える。

 あー、そうか。そうだったなと私は思い、次に「兵庫の何処?」と訊いた。

 「宝塚の方だよ。と言っても、少し山に入った所だから、田舎だけどね」

 彼と喋りながら、情報の教室に入り、パソコンを立ち上げた。モニターに色が付くと、彼はそれに夢中になって、私の声に反応しなくなってしまった。

 私が無言でモニターを眺めていると、柳川さんがやって来て、「おはよう、今日の実験わかる?」と言ってきた。

 私は、彼女の顔を見て、「ああ、あの塩化何たらのとこ難しいよね。森田なら分かるよ」と応える。私にも応えれたが、ぼっちを極めた結果、自然とそう口が動いてしまったのだ。

 実験まで授業が終わり、私達は4人で実験室を後にした。森田君は随分と足立君と仲良さそうになっていて、2人は話し続けている。私は、無言で彼等の横を歩いていると、柳川さんが話しかけてきた。

 「ねえねえ、畑山君は、次も授業あるの?」

「うん、哲学の授業入れちゃって。お腹凄い空く」

 「ねっ!」と彼女が言ってから、私達は結局、無言になってしまった。多分、これで彼女とは何も無いだろう、と私は思った。

 先週と同じ様に、3人と途中で別れて、森田君には「講義終わったら、LINEするよ」とだけ声を掛けておいた。

 哲学の教室に入り、パンをムシャムシャと頬張っていると、私の隣に誰かが座ってきた。そちらの方を振り向くと、立花さんがニコニコしながら、首を傾げてコチラに顔を向けているのが見えた。前の派手な化粧とは裏腹にノーメイクで、それでも綺麗な顔立ちが伺える。特に、口や鼻が物凄く綺麗な形をしていることが分かった。

 私は、目を大きくし、パンを口に含んだ状態で「あ、どうも」と言った。

 「1週間振りだね」と彼女が返す。

 「あの、どうしたんですか?」

 「サークル、入ってくれたよね。ありがとう」彼女は、甘える様な声でそう言った。

 私は、「いえいえ」と言い、首だけで会釈した。

 続けて、私はこう言った。「あの、立花さんもこの哲学の授業を?」

「そうそう、友達が皆んな哲学の履修終わってて、一人なんだ〜」

 私は、彼女の言葉にドキッとし、チャンスだと思った。

 「あの、もし良かったら、僕とこの授業受けませんか?」

すると、彼女は、吹かす様に「えー、畑山君と?別にいいよ、サークル入ってくれたし」と言った。

 講義開始まで、彼女と他愛の無い話を頑張って続けた。彼女の出身は大阪の茨木市で、9月生まれの20歳、趣味は特に無いのだそう。

 彼女は、講義後も私と駅まで一緒に歩いてくれた。時折、哲学の授業で習ったことを会話に挟む彼女に、私は、「哲学面白いですよね」と共感する様に言った。彼女は、恥ずかしそうに照れ笑いし、「ちゃうちゃう」と手を横に振った。

 立花さんとは、思ったよりも会話が弾んでいる様に感じた。自分には届かないレベルの女性だからだろうか。大園さんと違って、安心して会話ができる。

 私達は同じ電車に乗り込むと、私だけ、京都駅で降りた。笑顔で手を振ってくれる彼女に、私は振り返すのが恥ずかしかったので、深い深い会釈で応えた。私が顔を上げ、彼女の顔を確認すると、丁度閉まった扉の透明なところから、彼女の満面の笑顔が見えた。

 私は、安心した気分で、階段を降りて行きながらスマホで森田君にLINEをした。

 その時、講義が終わったらすぐLINEをすると約束していたのに、立花さんとの会話に夢中になって、やっていないことに気が付いた。私は、彼に嘘付きと思われたくなかったので、(今、終わったよ)とLINEを送り、時間稼ぎの為に、京都駅をウロウロすることにした。

 出来るだけ、人気の無い所を探して、散策していると、駅の端っこに人気の少ない本屋さんがあった。しめたと思い、入店し、更に奥の本棚まで行った。そして、並んでいる背表紙を眺めることにした。

 森田君のLINEを確認すると、私が送信した直後に、彼から返信が来ていることが分かった。

(南口で待ってるよ)

 私は、大学から京都駅までの電車をGマップで調べ、調子の良いものを選んだ。

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