第5話 新歓
7時15分位になると、リーダーらしき男が「そろそろ出発するんで、準備して〜」と叫んだ。男が歩き出すと、集団はそれに付いて行き、私も最後尾に付いて行った。そして、駅から少し離れた中華料理店[香港鳥田料理亭]に続々と入店していった。
中に入ると庶民的な外観によらず、旅館の様に框があり、その上には会計用のカウンターと3本の通路が見えた。私達以外にも、大学生位の若者が数名、通路横でたむろしていたので、この店は学生に人気なのだろうと思う。
リーダーの男は、「予約していた田村です」とカウンターの年増の店員に言うと、その店員が「田村様ですね。お待ちしておりました。こちらです」と、私達を案内してくれた。
靴を脱ぎ、店員に付いて行くと、座敷の個室に導かれた。田村から部屋に入って行き、順に奥の席に座っていった。そして、全員が入室し終わると、店員は扉を閉めて何処かへ行ってしまった。
全員が座布団に座りきるのを見ると、田村が立ち上がり、軽く挨拶をした。そして、それが終わると彼の隣に座っていた女が「好きなもん注文して〜」と周囲に言い掛けた。
皆、数冊しか無いメニュー表に群がり、静かだった空間が次第に騒がしくなった。それぞれの頼みたい物を口々に言い合っている。私は、近くのメニュー表を見ている人達が全員、注文を言い終わるのを狙って、しれっと「ラーメン定食」と呟いた。「畑山君は、ラーメン定食ね」と先輩らしき女の子がオウム返ししてくる。
暫くすると、田村が立ち歩き、各小集団に決まったか聞き回っていた。私は、彼をボンヤリと眺めていたら、どうやら注文を迷っている人が1人いるらしく、それで右往左往していることが分かった。
その空き時間の間に、新しく1人の女の子が部屋に入って来た。彼女は、あのビラを配っていた綺麗な女の子、つまり立花さんだ。彼女は、部屋に入るなりすぐに「ごめ〜ん」と田村に言い、扉付近の余った座布団を拾ってきて、適当にところに座った。
立花さんの注文が決まったところで、田村は店員を呼び、メニューを全て頼んだ。
次々と、料理が運ばれてきて、田村が「好きに食べてくれ」と声を掛ける。私のラーメン定食は早目にきたので、延びてしまわないようにせっせと麺を啜った。全員分が届くまでに完食してしまうのは申し訳なかったので、餃子と炒飯は半分残しておいた。
最後の1人の分が届くと、田村が再び立ち上がって挨拶をし、「乾杯!」とジャッキ瓶を掲げた。先輩らしき人達も彼に合わせて乾杯を返す。
再び食事に手を付けた私はすぐに食べ終わり、箸を置くと、隣の一年生が田村と話しているのに気が付いた。私も話しかけられるのではないかと少しドキドキしていたら、後ろ側から肩を叩かれた。そちらの方を振り返ると、立花さんが私のそばで足を横に流す座り方をしていた。
「来てくれたんだね。ありがと〜」と彼女は言う。
「はい、呼ばれたんで。ちょっと様子見でもしようかと」と返す。
「うふっ、しっかり見ていってね」
彼女は、吹かしながら、それだけ言うと隣の女の子に話しかけにいった。
田村がそろそろくるかと、待っていたが、彼は私を素通りして、机を挟んだ反対側の一年生に話しかけに行った。ずっと黙っているのもおかしいので、私はさっきまで田村と話していた男の子に話しかけた。
「あの、僕畑山って言います。理工学部です。」
「あ、どうも、法学部の山田道器です」
「どうき??どうきってどう書くん?」
こういった風に暫く会話を続けた。彼は、人柄の良さそうに私に対して優しい笑顔を振り撒けている。陰気を求めている私には合わないなと思った。彼と、高校の話題に入った時、浪人のことを告げなくてはならなくなった。私が申し訳なさそうに白状すると、彼は、優しく「気にしない」と言ってくれた。
彼以外にも、何人かと会話した。男と話すると、大体は立花さん、綺麗だねの話になった。というか、私がそういう話を振っていたと思う。私も恥ずかしながら、美人には興味がある。話す相手が居なくなり、暇になると、何と無く彼女の方を見た。彼女は丁度誰かと話終わった様で、一年生の男の子から離れると、私と目が合った。
彼女は、私に近づき、「ねぇ、畑山君は、理工学部?」と話しかけてきた。
「はい、理工学部の応用化学です」
「ヘェ〜、私も同じだよ。応用化学の3年生。ねぇ、何か聞きたいことある?」
彼女の口から酒の匂いがする。
「聞きたいこと?特に無いですよ」
「ええー、ほんとぉ?LINE交換してあげよっか?」
彼女は、スマホを取り出した。私も、「ついでに名前教えて下さい」と言って、スマホを取り出した。
「立花 夏菜子よ」
彼女は、そう言って私のスマホを取り上げるとポチポチと2台の画面を同時に操作した。
スマホを返してもらう時に、彼女とふと目が合ってしまった。間近で見ると、メイクの置き具合や肌の悪い所が見えて、彼女の評価を勝手に下げてしまった。美人と言ってもこの程度かと、粗探しのようなことをしてしまった。
新歓は9時前にはお開きになり、私達は店前で解散した。数名とLINEを交換することが出来たが、彼等と友達になれるかどうか分からない。ただ、山田は兎に角、いい奴っぽかったので、繋がっておいて損は無いなと思った。
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