第4話 

 私は家に帰ると、夕飯とお風呂をさっさと済ませてしまい、自室に籠り、ネットで調べたアンチェイド・メロディを流した。そして、彼女のことを考えた。

 勘違いして欲しくないのは、私が恋心を抱いたのは、今回が初めてではない。中学も有ったし、高校の頃も有った。ただ、真剣に付き合いたいと思ったことは無い。眺めているだけで、十分だった。そして、何故か、私が恋した女の子達は皆彼氏を作らなかった。いや、そう見えていただけかもしれない。だから、失恋の経験は無いし、恋愛で辛い思いをしたことが無い。それが、私が恋愛に免疫がない原因の一因を担っていると思う。

 私は、アンチェイド・メロディを聴きながら、彼女との結婚生活にまで妄想を膨らませてしまった。エプロンを着た彼女、彼女の作った朝食を食べる私、私と彼女の子供達と公園で遊ぶ休日。私は、幸せな気持ちで終始ニヤついていたと思う。寝る前のベッドの中でも、毛布を抱いたりして、もがいていた。人から好かれる感情が胴体全体に広がっているのを感じた。そして、それを性欲で処理した。

 次の日は、一限目から情報の授業が入っていたので、早起きして家を出た。6時半に家を出たのに、大学が遠過ぎるため、授業開始ギリギリに教室に着いた。中に入ると指定された席を探すまでの間、無意識に大園さんの姿を探していたが、見つけることは出来なかった。

 授業は、オリエンテーションから入り、その後交流会が開かれた。教授は、近くの席の生徒達とで4人グループを作り、班長を決めろと指示した。私は端から人数を数え、組むことになりそうな同級生達に椅子を寄せた。 

 自然と4人班になった私達は、まず小さな声で挨拶をし合った。沈黙が少し流れたところで、一人が「自己紹介しましょう」と声を上げた。そして、それを時計回りにしようということになった。

 「私の名前は、柳川 沙由里といいます。岡山出身です。趣味はギターを弾くことです。よろしくお願いします」

 時計回りということで、次が私の番だ。

 「畑山 孝介といいます。兵庫出身です。よろしくお願いします」

 「森田 智史といいます。えー、僕も兵庫県出身です。よろしくお願いします」

 「足立 馬丸といいます。馬に丸とかいてまもるです。よろしくお願いします」

 一通り、自己紹介が終わると班長決めに移った。目立ちたくない私は、黙ってただ班員達を眺めていた。すると、足立君が「俺でよかったら」と手を挙げてくれた。彼は、私達に「いい?」と訊いてきたので私達は頷いて答えた。

 授業後に、足立君が班のLINEグループを作ってくれて、私はそれに招待された。入ると、早速ピコンと通知音がなり、開いてみると(班長の足立です。僕は、人の意見をまとめるのが得意です。精一杯頑張りますので、宜しくお願いします。)とメッセージが届いていた。

 2限目と3限目はぶっ通しで実験が待っている。私は、スマホをしまうと、実験室へ向かった。学籍番号から指定されたテーブルに着くと、さっきの授業の班メンバーがいた。

 「どうやら、情報と実験は同じメンバーみたいだね」と森田君が話しかけてきた。

 私は、「そうだね、両方よろしくね」と返した。

 昼休憩返上で、実験は進み、午後2時前にそれが終わった。

 4人で実験室を後にすると、「お腹空いたー」と柳川さんがぼやいた。

 「昼ご飯食べれないのキツイよねー」と足立君が付け加える。

 すると、柳川さんが嬉しそうに「いや、ほんとにそう。せめて、3限と4限にしてほしいわ」と、言った。

 「4限目も入れている人、大変だよねー」

 足立君と柳川さんの声だけが響き、私と森田君は無言でそれを聞いていた。因みに、私は愚かにも4限目に哲学の授業を入れている。

 私は、気まずさを感じたので、「俺、こっちだわ」と言って、3人と別れることにした。そして、そのまま哲学の教室に向かった。中に入ると、適当な席に座り、通学時に買ったパンを誰もいない大教室の中でむしゃむしゃと食べた。

 哲学の授業にも大園さんの姿は無かった。今日は会えないのかとガッカリしながら、授業後、教室を後にすると、後ろから聞き覚えのある女の声が聞こえてきた。

 「ねぇ、君。昨日の新歓来てくれなかったでしょ?」

私が振り返ると、そこには昨日、日本民謡のビラを配っていた綺麗な女性が立っていた。

 「ずっと、来てくれると思って待っていたのにー」

「あの、すみません。ちょっと用事があって…」

 「今日もあるから、来なよ。ただ飯食えるよ」

 私は、彼女の後押しに戸惑いつつも、「多分、行きます」と曖昧な台詞を吐いた。

 彼女は、「場所はビラに書いてあるから。同じ時間ね。待ってるからねー」と笑顔で言って、何処かへ立ち去っていった。

 私は、彼女の後ろ姿を見送ると、10号館の食堂へ向かった。この食堂だけは、夕食の時間まで開いている。パンだけでは足りなかったので、そこで間食をとることにした。

 ラーメンを啜りながら、新歓に行くかどうかを考えた。大園さんがいれば、他にも何も要らない。なんてことも考えたが、我ながら気持ち悪くなったので、その文章を頭の中で黒塗りした。

 結局、行くことにした。7時ぴったしに、京都駅の指定された場所に着くと、お洒落な集団がたむろしていた。私は、あの綺麗な女性を探してみたが見つからない。ウロウロしていると、さっきの集団から2人女の子がこちらにやってきた。

 「あの、T大日本民謡研究会サークルの新歓に参加する人ですか?」

 「あ、はい。あの綺麗な、えっと、女性の人からビラを頂いて」

「あー、立花さんね。あの人、遅れて来るみたいだから、先に行っとこ」

 そう言うと女の子達は集団の中に戻っていった。私もついていき、集団のそばまで近づいた。

 

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