最高にバカになれる最高にイカれたクルマ

『最高にバカになれる最高にイカれたクルマ』

 それが俺の愛車だ。他のは手放してもこいつだけは手放せなかった。前妻も長女も決して乗ろうとはしなかったけどな。だからこそ<俺だけのもの>だったんだ。

 それが子供っぽい執着だというのは分かってる。分かってるから前妻や長女が俺を捨てたことも恨まないんだよ。自分がそんな非合理で不合理な人間なんだから、そんな俺に無理に付き合う義理は、二人にはないしな。特に長女が俺を必要としてないなら。

 前妻が、自分の方が不利になるのを分かってて財産分与を申し出たのは、慰謝料&手切れ金のつもりだったんだろう。何もかもを俺からむしり取るような真似をしなかっただけ、彼女を恨むような筋でもない。世の中にゃ俺の考えに共感できないのも大勢いるだろうが、そんなのは俺には関係ない。どこの誰とも知れない<主語のでかい奴>の感性に俺が合わせてやる必要もない。

 俺は俺だ。主語をでかくしてさも自分こそがこの世の主流であると思い込みたがる甘ったれなんか知ったこっちゃないんだよ。

 てめえの尻はてめえで拭くのが道理ってもんだ。だが、そう言ってる俺だって完璧にそれができてるかと言えば心許ない。だから面と向かって誰かにそれを言うこともしないようにしてるし、前妻にも文句を言うつもりもない。

 こんなイカれたクルマを選んで持ち続けてるような俺が、偉そうに羅美に、

『まっとうに生きろ』

 なんて説教できるわけねえよな。だからこそ、

『本当の父親に恥ずかしくねえ生き方をしようや。俺も応援するからよ』

 って言うしかねえんだ。羅美自身が、自分の大事な部分を蔑ろにしないようにするにはな。

 羅美が『大虎って言うな』と口にしたのは、実の父親が付けてくれた<羅美>って名前が大事だからこそ、俺にそう呼んでほしいと思ったんだろうなって察した。

 嫌な奴にはその名で呼んでほしくないんだろう。だからこれまでは俺が『大虎』って呼んでても何も言わなかった。俺を値踏みしてたってのもあったんだろうさ。

 でも、それでいい。そこまで手間を掛けてもいいって思ってもらえたんだろうしな。

「羅美、俺の前じゃバカになってていい。賢しい真似をする必要もない。お前の本当の父親も、お前に賢しい子供でいてもらいたいわけじゃねえと俺はお前を見てて思った。お前の根っこの部分を育てたのは、お前の本当の父親だったんだな……」

 あてもなく国道を走らせながら、俺はそう口にした。そんな俺に羅美は、

「うっせ……! カッコつけんな。オッサンのクセに……!」

 顔を背けて言ったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る