人間嫌いと人たらし

『シチュー丼が好き』

 これだけでもうまるで、

『人間じゃない!』

 レベルで存在を否定してくる奴がこの世には少なくない。だが、カレーライスと同じようなものだと思うんだがなあ。どうしてそこまで言われなきゃならんのかが俺には分からない。

 俺は基本的に<人間嫌い>の類だとは思うが、だからといって自分以外の人間を頭ごなしに否定しようとも思わない。特に嫌いなタイプには当たりがきつくなることはあっても、

『死ね!』

 とつい思ってしまうことはあっても、それを本気で願ったりはしない。まあせいぜい、

『死んでくれねえかなあ』

 ってニュアンスかな。それを口に出すこともない。

 前妻と長女に捨てられたことについても、それで二人を恨むつもりもないし、ネットで罵倒するつもりもないし、長々と俺がいかに虐げられてきたかを綴るつもりもないんだ。

 その前妻を結婚相手に選んだのも長女が生まれてくることを受け入れたのも俺だからな。自分の決断に責任は持ちたいと思う。せめてそれができなきゃ<大人>とは言えないと俺は思ってるんだ。

 まあ、俺自身は自分が大人だという自覚もないけどな。<歳を取っただけの子供>だと自分では思ってる。大人になり切れていないんだ。

 そしてそんな自分が恥ずかしいと思うことはあっても否定するつもりもない。

 俺は俺だ。俺はこういう人間だ。超有能な<立派な人間>にはなれない。ただの凡人だよ。

 それの何が悪い? 少なくとも与えられた仕事はこなしてるぞ?

 俺の仕事は<ルート営業>。ま、要するに得意先を回っての<御用聞き>だな。

 新規開拓の目標はあるものの、昨今の情勢を思えばそんなホイホイ取れるものでもないし、年に一件取れれば上等だろう。

 そんな俺に対して牧島まきしまは、年に何件も取ってくる。あの何とも言えないコミュニケーション能力で相手の懐に入り込んで懐柔してしまうんだ。しかも、

『契約さえ取ってしまえば後は知らない』

 というタイプじゃなく、アフターケアもばっちりだしな。加えてそれを<女>であることを武器にしてやるわけじゃない。普段も男の格好をしているから、女だってことを知らない顧客も少なくない。まったく、大した<人たらし>だよ。

 その所為もあってか、社内でも女に人気がある。新入社員や新しい派遣社員の中には、普通に男だと思ってアプローチを掛けてくるのもいる。

 で、

「あ、私、女なんだ。ごめんね」

 と種明かしするのがいつものパターンだった。だからか、

『いつ彼女が女性だと気付くか?』

 で昼飯やコーヒーとかを賭けてる奴らもいるらしい。


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