短編2

上の空

悪魔のような

 おれを振った女。奴に必ず復讐すると心に決めた。

 それは報復ではなくたんなる逆恨みだという奴もいるかもしれない。逆恨み。たしかにそうだ。だがそれでもやらずにはいられない。正気はすでに澱んで鬱とした狂気に蝕まれている。

 ああ、あの女! 同じパーティの魔導士として、共に修羅場をくぐりながら過ごしてきたこの数年間。あの時間はいったいなんだったのだろうか。

 なにが「だって貴方少しも野心といったものがないじゃない」だ! なにが「一緒にいると自分の将来が訳もなく不安に思えちゃうのよ」だ! なにが「男はやっぱり強くなくちゃあ」だ!

 それにあの女が離れていった理由はたんに俺に愛想を尽かしただけではない。奴の言動の端々はあの女に新しい男の影があることを匂わせていた。

 ああ……いまとなってはあの女のために努力した時間すらも忌まわしい。しかもこれからまたあの女のために努力することになるとは。ああ……強くなってやるよ! お前のためになあ!

 復讐を決意したきっかけは一冊の魔導書だった。この本は一年ほど前にあの女から送られたものだった。古本屋の掘り出し物らしくだいぶ年代を感じさせる作りの本だった。

 その本に隠された秘密に気づいたがつい最近のことだ。

 たまたまこぼした水で本を濡らしてしまったので紙を乾かそうとした時、水に濡れた紙に新しい文字が浮かび上がってきたではないか。それは一つの願いを叶える悪魔を呼び出す方法が書かれていた。本の元の持ち主のあの女すら知らない秘密だ。知っていれば奴がこの本を俺に譲るはずもない。

 ある夜俺はひそかに悪魔を召喚する儀式を行った。

「血からなる肉は永劫の彼方に。苦痛からなる魂は忘却の彼方に。我らが囚われし時の彼方より数百の同胞を従えし者よ、地に落ちた塵の慟哭を聞き届けたまえ」

 俺が呪文を唱え終わると、まさしく悪魔が現われた。早速俺はいった。

「悪魔王様! できるだけむごたらしく相手を殺す闇の魔法を私にお教えください!」

「それを教えるにはお前の魂の一部をもらい受けることになるが」

 悪魔がそう要求することは分かっていたので、

「構いません! 我に力をっ!」

 俺は躊躇なく答えた。

「よし。では交渉成立だ」

 悪魔が俺に指先を向けた。すると突然俺の頭の中に、女が内部から爆発したように破裂する映像といっしょに呪文らしき文字が浮かんできた。

「あ、ありがとうございます」

 俺が礼を言い終えたときすでに悪魔の姿は消えていた。

 くくく……てめえの最後を飾るにゃふさわしい魔法だぜ。悪魔のような女よ! 最後は悪魔の力によって滅ぶがいいぜ。俺はすでに自身が悪魔になったかのように邪悪に笑った。

 そしてその日は遂にやってきた。

 呼び出した場所に既に奴はきていた。ちょうどよく周りには誰もいない。万が一にも誰かに見られて変な疑いを持たれても嫌だからな。

 女のいる場所に近づいていきながら、じっと眼は女を見据える。女も俺に気づいたようだった。

 俺は悪魔に教えられた呪文を正確に唱えた。

 瞬間俺の身体は数十片の肉塊となって辺りに飛散した。


「間抜けな男だったが……あれでよかったのか?」

 悪魔が現れて女にいった。

「ええ。いったでしょう。男は強くなくちゃあって」

 そういって女は悪魔に腕を絡ませるように抱きついた。そして媚びるような目で相手を見上げた。

「それに貴方も労せず魂一個まるまる手に入れられたでしょう」

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