quatre -カトル-

 ふかふかのベッドで寝ていたリオートは重そうなものが地面に落ちる様な音で目が覚めた。慌ててベッドから這い出て見てみれば、ルームメイトのカリマがベッドから落ちていただけだった。しかも、カリマは未だ爆睡し夢の中だ。

「カリマ、起きて下さい」

 カリマを揺すってみるも、全く起きない。続いて脇腹をくすぐってみるも逆に蹴られてしまった。

「カリマ!」

 どうしようもなくなったリオートは男の弱点を蹴り上げて強制的に起こした。カリマは潰されたカエルの様な声を出して起き上がり、涙目でリオートに訴えた。

「それはないだろう……もうちょっと優しく起こしてくれても良いじゃないか」

「肩を揺すってもくすぐっても起きなかったのに、他に何をしたら起きるんですか」

 その上,僕は蹴られたんですよ。無表情でリオートが言い放ち、その瞳の冷たさにカリマは震えた。

「悪かった」

「折角、体が硬くなってしまうだろうからと善意で起こしたのに、酷いですね」

「だから、悪かったって……」

「カリマはとてつもなく寝相が悪いとフォーゲル准尉に告げ口しますよ」

「それだけはやめろ」

 顔を青ざめさせて震えるカリマに、もう十分弄ったと言いたげに深く頷いた。

「では、早朝ではありますが、一緒に鍛冶屋に行きましょう。僕に合う武器を作ってくれる店を早く探したいので」

「まさか、最初からそれが狙いで……」

「さあさあ、早く着替えて下さい」


 太陽が未だ三分の一しか顔を出していないせいか、空気はとても冷たい。寄宿舎の入り口で新聞を読んでいた管理人に一声かけ、仕事中ではないからと私服で出かけたリオートとカリマは乗合馬車を探す。

 護身用にと短剣を渡された二人はベルトにそれを括り付けた。リオートの方は特注ではなく訓練で使う一般系だが、カリマの方は手の大きさに合わせた特注だ。

「まあ、確かに早朝に行くってのは良い考えだ。職人街の朝は早く,腕が良いほど早いって言われているからな」

「そうなんですか」

「弓はどうかは知らんが、剣とか槍とかの刃先を作るのは昼間の暖かい空気じゃなく朝の張り詰めた空気の中でやった方が上質なもんが出来るんだとさ」

 その時、誰も乗っていない乗合馬車が二人の前を通過した。

「おーい、乗せてくんねえか!」

 カリマがそれを呼び止め、二人は賃料を払って木製の箱の様な馬車に乗り込んだ。

「もしかして、乗合は初めてか?」

 金属の棒にしがみつく様に捕まっているリオートの姿が滑稽でカリマがそれを茶化した。言葉を発することすら怖いらしくリオートはカクカクと頷く。昨日と今朝の恨みを晴らすかの様にカリマは笑い転げた。

 職人街の入り口に到着し、乗合馬車から降りた後,リオートはカリマの脛を容赦なく蹴り上げた。

「痛っ、何すんだよ」

「正当な行動です。それに、あんなに笑うことないじゃないですか」

 拗ねた様な顔でリオートはぶつくさと文句を言った。

「そりゃ、昨日俺のことを笑ったからその報いじゃないのか」

「誰だってあれを見たら笑いますって」

 その時の光景を思い出してしまったのか、リオートは口角を上げて笑みを浮かべた。その様子に今度はカリマが不機嫌になる番だった。そして、おかしくなった二人は同時に吹き出した。

「しょうもないことをしているな、俺ら」

「先にやり出したのは其方ですよ……まあ、しょうもないことをしている点は同意しますが」

 やいのやいのと職人街の入り口で騒いでいたせいだろうか、中から草臥くたびれ、すすけた皮の服を着た壮年の男性がやって来て「朝早くだって事、分かって騒いでんのか?未だちっさい子供は寝てる時間なんだ。声を落とせ」と注意した。

「すまねえ……って、アイアスさんじゃないか」

 バツが悪そうにボソリと謝ったカリマが言われた直後だというのに大声で言った。

「だから、声を落とせっつってるだろうが」

 ガツンとカリマの頭に拳骨を喰らわせたアイアスと言う男性は髪をグシャリと握り締めた後、「何か問題を起こしそうで怖えから一旦うちに来い」と顎をしゃくって歩き出した。

 リオートは目で追うかどうかをカリマに問い、カリマはそれに「ついて行った方が良い」と小声で返した。

「後ろで何相談してんだ。どうせ、新しく入った剣士の使う武器についてなんだろ。話聞いてやんから早く来い」

 アイアスにそう急かされ、急いで着いていった。

 生まれ育った夜蝶街のゆったりとした区画とは異なり、密集した何の面白みのない、否、実用性のある建物に物珍しそうに目をやるリオートに「下町は何処もこんな感じだろうにそんなじろじろ見んでも良いだろ」とアイアス。

 一般的に剣士団に入るのは下町育ちの人間が多い為、アイアスの目にはリオートの姿が異質に、職人を貶している様に見えてしまったのだろうか。アイアスの言葉には少し棘があった。しかし、その言葉にリオートは何も返さず、ただ笑うに留めていた。


「お帰りなさい」

 煙突から煙が噴き出る一件の家から走って少女がやって来た。

「ラケ、お客さんだ。剣士団の新人らしい。こいつに合う鍛冶屋を見繕ってくれ」

 そう言うと、アイアスは家の中に戻ってしまった。少女は深く溜息をついて二人の方へ目を向ける。

「私はアイアスの娘、ラケシスです。この一帯の鍛冶屋の腕はよく知っているのできっと……」

「リオートです」

「リオートさんに合う鍛冶屋を探して見せますね」

「ラケさんの目は本物だ。俺が保証するよ」

 カリマの言葉にリオートは頷き、ラケシスに礼を言った。

「父が無愛想で申し訳ありません」

「いいえ、ここまで面倒を見て下さっただけでも感謝です」

 リオートが微笑み,そう返すとラケシスはほっと息をついた。

「ありがとうございます。では、腕前の確認をしたいので裏の工房へどうぞ」

 そう言って案内されたのは、実際に武器を作っている場所だった。失敗作だろうか、歪な形をした金属が床に散らばっている。

「全く、ちゃんと片付けてって言っているのに……」

 ラケシスはそう愚痴りながらそれらを部屋の隅に置かれた籠の中へ放り込んだ。

「リオートさんの得意な武器は何でしょうか。剣士団に入ってすぐの方は得意な武器を一つ作る方が多いのですが」

「それがこいつ、全部得意なんだと」

「冗談……を言うような方には見えませんね。えーと、では、まず槍からいってみましょう。突く、回転、突く、止めを実際に目の前に敵がいると想像してやってみて下さい」

「分かりました」

 リオートは模範的な型でそれを振り、ラケシスはその動きをじっくりと見て、唸っていた。

「成る程……では、次は弓を。壁のあの黒い汚れ、見えますか」

 槍を受け取って切先に布を被せながらラケシスは壁の一点を指差した。

「見えます」

「では、あそこを射抜くイメージで矢を放ってみてください」

「壁に良いんですか」

 ラケシスは頷き、「思い切り、壁を破壊するようにどうぞ」と真剣な目で言った。

 リオートは不安そうに瞳を揺らしながら弓矢を構え、汚れに矢を突き刺した。

「……これは凄いですね。うーん、何となく分かる気もしますが、大剣と短剣も一応見せて下さい」

 全てを見終わったラケシスは瞳を細めてリオートの動きを見て、難しそうに顎に手を当てて考え込んだ。

「非常に難しい。通常二等兵の武器を作る鍛冶屋だと、この動きを完全に発揮することが出来ないものになってしまう。でも、その才能相応のものにすると金額が怖い事になる」

 カリマは壁に刺さった矢をちょっと引いたような目で見ていた。

「そうですね、私の手には負えないので父を呼んできます」

 工房から出てアイアスを呼びにいこうとしたラケシスだが、「呼ぶ必要はねえ。こいつ……リオートにはここの見習いが作ったやつを格安でおろせば良い」という声で動きを止めた。

 工房の入り口からアイアスが入ってきて、リオートに大剣と弓を渡した。

「どれも平均以上の腕前だが、この二つが特に凄え。とりあえずこれを渡しておく。合ったものが出来上がったら剣士団に連絡するからそれまではそれで我慢しろ」

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