trois -トロワ-
まだ入ったばかりのリオートは地位としては二等兵になるのだが、ルームメイトのカリマはそのひとつ上、一等兵なのだそうだ。
主に兵クラスの剣士は王都の見回りを行い、事件や事故があれば対処をする。一週間に一度その役目が回ってくるようでその時には二等兵一人と一等兵一人が二人一組になって巡回する。リオートとペアになる一等兵はカリマだという。
また、剣士団は階級に関して他のところに比べて緩く、住む場所や給金等は違えど例えば兵クラスが将校クラスに媚びへつらう必要はないらしい。ただ、個人的に尊敬して勝手に崇めるのは良いのだそうだ。
「崇める、ですか」
「ああ、ごく稀にそういう奴がいるが……大体は友人の様に仲良くしている」
訓練を終え、今日はもう任務はないというカリマは剣士団について詳しく知らないリオートに細かく説明をしていた。
「今度俺達が巡回に出るのは一週間後、職人街だ。最近武器屋を狙った強盗が増えているみたいだから巡回頻度を増やしているんだとさ」
「そう言えば、二輪馬車の御者もそう言っていました」
「話が変に広がって、無駄に不安を煽る様なことにならなければ良いんだけどなあ」
不安そうにカリマは言う。
「何故武器屋を狙う事件がそんなに増えているんでしょうかね」
「それが分かればこんなに苦労しちゃいないさ」
「それもそうですね」
事件が起き、それに気付いた人が剣士団に連絡して現場に着いた頃には既に強盗犯は去っている。更に,フードを被っていて顔も分からないため犯人の目星も付いていないのだ。きちんと時間を調べているのか剣士団が巡回を行う時間帯には強盗を起こさない様にしているのだそうだ。だから、最近は今までの様なきっちりとした時間ではなく毎日不規則な時間に見回っているそうだが何故かその時間を縫う様に事件が発生している。
「内部に協力者がいるのでしょうか」
「疑いたくないが,その可能性はある」
リオートもカリマもその可能性に行きつき、しかし、その考えを頭から振り払う。仲間とも言える剣士の皆を疑い始めてはどうしようもない。
「考えても仕方ありませんね。僕達がどうしたからと言って解決する訳ではないですから」
「そうだな」
荷物を片付けながら話していたリオートが大量にあった衣服等を仕舞い終えるのを確認するとふとカリマが問い掛けた。
「そういや、馬には乗れるのか」
「馬、ですか」
八歳だったリオートは十八歳になるまでの十年間ひたすら四つの武器全てを完璧に扱える様に鍛錬してきた。それに、剣士団団長がリオートに無償で貸した場所では騎乗の練習は出来なかった。馬がのびのびと走れる十分な広さも牧草地も馬を世話する人材もいなかった為だ。
「その様子じゃ、していないみたいだな。兵クラスじゃ馬には乗らないが、軍曹辺りから騎乗する奴は現れる。得意とする武器によるがな。そう言えば得意な武器は何なんだ」
槍や弓、大剣辺りは騎乗の方が有利な場面もあるが短剣だと騎乗だと逆に不利になることが多い。短剣使いの中尉は未だに馬は使わずに弾丸戦をしているのだそうだ。
「ま、あの中尉は特殊だからな。短剣が一番得意でも、いざ戦闘になれば弓を使う奴もいるし。で、どうなんだ」
「得意なものですか。幼い頃は短剣が一番でしたが、成長するにつれて他のものも使える様になったのでどれが得意というのは特にないんです」
「いや、そんな超人的なことあるか。武家生まれの大佐だって三つしか極められなかったんだぜ」
リオートは困ったように眉をハの字に寄せて笑う。
「え、冗談キツイぞ」
無言でリオートが見つめれば、カリマは冗談ではないと悟った様で「本気かよ」と唸った。
「剣士団入団試験後に送られてきた結果書,あるだろ。もし、持ってるんなら見せてくれ」
「ああ、あれですね。ちょっと待っていて下さい」
リオートは愛読書に挟んでいた結果書をカリマに渡した。
「おいおい」
それを見た瞬間、カリマは天を仰いだ。
「本当に兵クラスから出発だと言われたのか、これ」
「不平等だと思いましてそうしました」
「つまり」
「准士官から出発だと通知されましたが、それは蹴りました」
「おめえ、アホか」
「アホとは、心外ですね」
カリマは紙を返して恐ろしいものを見るかの様な目でリオートを見た。
「実は武家の出、とかじゃないのか。本当に庶民なのかよ」
「うーん、もしかしたら武家の血が入っているかもしれない事もないですが」
「どういう事だ」
「母が娼婦なので、父が分からないんです」
あっけらかんとリオートは自身の出生を告げる。
「何というか、それはそんなに明け透けに公開して良いものなのか」
「はい、僕は母が娼婦であることを恥じていませんし、そういう事は生涯で一度しかしたことがないそうなので」
「なんか、凄いな」
カリマは繊細な見た目をしたリオートがその見目通りの性格ではないことにようやく気付き、色々な感情を込めて呟いた。
「まあ、多分騎乗の練習をして後悔することはないだろうから、練習しておくか」
「そうですね。暇ですし、行きますか」
初日だということで馬と触れ合うだけに留めたリオート達だが、途中から背後にビシバシ感じる視線にカリマは溜息をついた。
「耳が早いですね、
「ええ、
馬に人参を与え、遅れてカリマの横にやって来たリオートは厩舎前に並ぶ女性剣士達の姿に驚いていた。
「ええと、カリマ。この人達は」
「い……」
「私達は剣士団ヴァルキュリャ。新人ちゃんでいつもとは違う、繊細な子が入ってきたと聞いてちょっと見てみたくなったのよ」
カリマの言葉を遮って前のめりになって弾丸の様に話す女性剣士にリオートはたじろいだ。
「えっと……」
「あら、ごめんなさいね。剣士団は最初に名前を言い忘れる人が多くって。私はフォーゲル・ステファン。階位は准尉よ。よろしく」
す、と差し出された手を振り払うこともできず、リオートは握手をしようと手を差し出して握った。握った瞬間、フォーゲルは目を大きく開く。
「何よこれ、凄く肌すべすべじゃないの」
ドスの効いた声に、遂にリオートは根を上げた。
「カリマ……」
困った顔でカリマを見やると、やれやれとため息をつきながらカリマはリオートを救出した。
「興奮するのは分かるが、程々にしておけ」
「へえ、興奮するの?」
「いや、俺はしねえよ」
「ふうん」
「……リオート、行くぞ」
肩を押す様にしてウェントゥス棟の方に向かえば、背後から「また話しましょうね!」とフォーゲルが叫ぶのが聞こえた。
「あいつ、
辟易するカリマの姿に、思わずリオートは吹き出してしまった。大柄なカリマがフォーゲルに振り回されている様子がどうも小鳥が大きな木に戯れている様に見えたからだ。
「なーに笑ってんだよ」
カリマに軽く頭を小突かれるまでリオートはくすくす笑っていた。
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