第二章 ゲーセンの女王は常に誰かを狙っている

第11話 一難去ってまた一難

 ピンポーン。

 緑髪ボブーヘアーの少女は、近所の家のインターホンを鳴らした。しばらくすると、玄関の扉が開く。不機嫌そうな顔をしながら黒髪ロングヘアーの少女が姿を現した。


「いきなりどうしたの?」


「今から私の家来て!」


「何故?」


「いいからいいから!」


 緑髪少女は理由も告げず、強引に黒髪少女の手を掴んだ。そのまま隣の我が家へと連れ込み、自分の部屋に移動する。


「こっちこっち!」


「分かったから説明してくれるかしら? 中学生にとって日曜日は少ない休日なのよ? それを奪うほどの用事なのでしょうね?」


 強制を伺えたのか、黒髪少女は素直に従う事にした。緑髪少女が座るベットの隣に腰を下ろす。

 正面には持ち運び可能な液晶タブレットが設置されていた。映し出されていたのは、何かしらの生放送だった。


「これからリコシェ・フォースっていうゲームの最強を決める戦いが始まるの! だから一緒に見よう!」


「なんで私が……」


「色んな人が注目してる〝蒼い迅雷〟っていう人が出場するんだよ⁉︎ めちゃくちゃカッコいい二つ名じゃない⁉︎ いつか私もそういう名前欲しいんだよね!」


「なんかダサくない?」


「ダサくないよ! カッコいいよ! ほら、ちゃんと見てって!」


 黒髪少女は緑髪少女に真っ直ぐで純粋な瞳を向けられ、思わず呆れた溜息を吐いた。

 淀んだ瞳ならまだしも清々しいほどの脳天気ぶりには、流石の利口的な黒髪少女でさえ屈してしまう。

 けれど自分の時間を取られたところで今更怒りの感情なんて抱かなかった。

 なんせ黒髪少女にとって緑髪少女は世界でただ一人の幼馴染なのだから。


「はいはい分かったわ。とりあえずどういうゲームなのか教えてくれるかしら?」


 試合開始がまだかまだかとソワソワしている緑髪少女の横で、黒髪少女はほんのり頬を緩めたのだった。



 ☆



「で、何? 結局この子とチームを組むことにしたんだ」


「その通り! これでようやく私の伝説が始まるのだ!」


 放課後、俺はゲーム部の部室でニヤニヤ嘲笑う小さな先輩こと博本はかもと先輩と、厨二病を拗らせている残念系こと橙乃とうのに対して、大きな溜息を吐いた。

 

「ふ〜ん。へ〜、そうなんだ〜」


「何か文句あります?」


「いや〜、私が思い出話したら受け入れてくれると思ってはいたけど、こんなに早く進展するとは予想外だったよ」


「別にそれが理由で覚悟を決めたわけじゃないですよ」


「じゃあ何か他にキッカケでもあったの?」


「そ、それは……」


 三年前の元チームメイトと再会したから。

 とは、とても言えない。

 復帰することを決めたとはいえ、俺はあの出来事、過去は過去の物としてこれ以上触れられたくないのだ。

 ちょうど良い言い訳が何かないかと考えつつ、博本先輩の表情にイライラしながら拍子抜けに橙乃へ視線を移す。

 橙乃は俺が見ていることに気付くと、任せてと言わんばかりに笑顔でグッチョブポーズを向けてきた。


「実は──私、彼の弱みを握ってしまったんですよ!」


 堂々と胸を張って彼女はそう言った。


「弱みって?」


「それはですね──」


 俺は橙乃の口元を押さえ、強引に部室の端へ移動する。博本先輩に聞こえないように耳打ちをした。


「おい忘れたのか? 昨日約束したよな? 俺の過去は基本的に厳守だ」


「どうして? 師匠にはいいでしょ? まさかあの人が色んな人にバラすとでも思ってんの?」


「それを言ったら俺はお前の方が心配だよ」


「なんで私⁉︎」


「今まさに約束破ろうとした奴がよくそんなこと言えるな! ……いいか? とにかく俺はあまり大事にしたくないんだ。周囲に知られたら困ることもあるはずだろ?」


 知られてどうなるとか具体的な内容までは思い付かないけれど、いきなり実はこうでしたって告白したら注目を浴びるに決まってる。

 何より、元チームメイトや俺の過去を知っている当時の知り合いにまで伝わることが一番怖かった。


「要するに実力は隠して置きたいってこと? ヒーローの正体は誰も知らないとか、世間に隠れて悪を成敗している影の立役者とか。……確かに素性を隠してた方がカッコいいわね。それなら分かった! 今度こそ誓う!」


「分かってくれたなら良かったよ」


 本当に良かった。お前がバカで本当に……。


 キラキラした眼差しで変な空回りをしている橙乃への信頼度はどんどん低下していく一方だが、約束を結んだ以上、俺には信じることしか出来ないだろう。


「二人ともどうした? 私に隠し事するような悪い後輩になっちゃったの?」


「いえいえ滅相もございません! 師匠! 相澤の秘密ですね! それは──中学時代に彼女を見捨てられたということであります!」


 葉っぱを掛けてきた先輩に橙乃は清々しい敬礼をしながらよからぬ告発をする。


「ちょっと待て! 何変なこと言ってんだ⁉︎」


「なにそれ、もっと詳しく聞かせてよ」


 いつも冷静な態度が何処へやら、博本先輩はギランと身体を乗り出して、好奇心に満ちた表情を俺たちに向けた。

 

「先輩まで興味示さないでくれません⁉︎ 嘘ですよ⁉︎ 別に見捨てられたとか、浮気されたとか、そんなこと一切ないですから!」


「え〜、そうだっけ〜? ──俺はずっと好きだった。でも気付いたら俺の片思い。その日はとにかく生きてる気がするしなかったよ。って、ポエムみたいな言葉言ってたじゃん!」


 橙乃は顔も口調も渋い男性のように言う。


「やーいやーい! 彼女に見捨てられるなんて情けな〜い!」


 腹を抱えて笑う橙乃を俺は本気で殴りたい気分になった。


 う、うぜぇ。見てるだけでイライラする。

 確かに昔ゲーマーだったことは隠してくれるつもりなのかもしれんが、その件も秘密にしてくれたっていいじゃねぇーか。


 橙乃には俺が元カノの事を心の底から好きだった事実も包み隠さず伝えている。

 その時はあまり突っ込んでくる気配がなかったが、心の中ではこんな風に笑っていたんだろうか。


「まぁ、蒼葉くんの恋愛話は後回しにしておくとして、突然ですが、ここで君たちに私から大事な発表があります」

 

 早速俺の黒歴史に思い馳せ参じると思いきや、博本先輩は今にも乱闘が起きそうな俺たちを阻むように場を静粛にさせた。


「えー、ここに宣言します。今月をもちまして、ゲーム部の廃部が決定しました」


 その発言は唐突で、呆気なく伝えられた死の宣告だった。


「えっ………えぇ〜〜〜〜〜〜⁉︎」


 橙乃の悲劇の雄叫びが部室を通り越して、学校中に響き渡った。

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