第10話 蒼い迅雷とバレットウィッチ

 俺はゲームの制限時間が過ぎると、呆然としている橙乃とうのに手を差し出した。


「立てるか?」


「あ、うん。ありがとう」


 橙乃の声音からは困惑が見える。何故自分が参加していたのかという驚き自体は理解出来るが、腰が抜けるほどそんな大それた事なのだろうか。

 心配になって見守っていた。乱入してきた時点でそんなの容易に想像出来てしまうはずだ。

 橙乃の手を掴み、強引に身体を起こすと、朱彦あけひこと視線を交わす。苛立っているのか、アサルトライフルを力強く握り締めていた。


「帰るぞ」


「待てよ。まだ決着が付いてないぞ」


 背中を向けながらその場を去ろうとすると、ようやく朱彦の口が開いた。


「決着も何も、そもそも戦いにすら発展してないと思うぜ?」


「ふざけるな。このままで終われるわけないだろ」


 朱彦に怒気が燃える瞳で睨み付けられる。


 いや、終わる以外に選択肢ないって。


 しかし理解出来ない事もない。

 最後の一撃は完全に不意打ちだった。しかもそのタイミングで悪く時間切れ。やられた朱彦側に不満が残るのは当然である。

 殺気を飛ばしてくる朱彦を俺は冷静に受け流し、溜息を吐いた。


「朱彦、途中で割り込んで悪いな。それでもさっきの言動は看過出来ない。流石にやり過ぎだ」


 意図的に橙乃を狙っていたのは明確だった。

 試合設定がポイント制にも関わらず、三人で一人を攻撃し続けた。

 連続でキルしているため、案外効率の良いポイント稼ぎと思うかもしれないが、今回のような攻防が激しい個人戦には適用されない。

 三人で一ポイントしか得れず、逆に一位を目指すには悪手な作戦なはすだ。

 だから何か目的があると考えていたのだが、案の定、橙乃を倒すことは過程で、自分を引きずり出すことが本当の狙いだったのだろう。


「こうでもしないと助けに来ないだろ。……あの日の屈辱を果たすために、お前とずっと戦いたかったんだよ。あの頃の俺とは違うって、今ここまで証明する」


 屈辱? こいつなんの話してんだ?


 十中八九三年前の事だろうが、それでも俺には思いたる節がなかった。


「とにかくだ。今月末、チーム戦の大会がある。そこで勝負しろ」


 朱彦の口からそんな発言を言われるとは思いもよらず、目を丸くした。


「いきなり何言い出すかと思えば……。知っての通り、俺はもうこのゲームから足を洗ってる。だから出場しない」


「逃げるのか?」


「逃げるも何もない。それに勝負したとしても、普通に考えてどっちが勝つなんて分かりきっている事だろ?」


 朱彦の眉毛が一層上がる。


「というわけでじゃあな、大会頑張れよ」


 橙乃に視線だけで『行くぞ』と合図すると、俺は来た道を戻り始めた。


「え、ちょっと待ってよ!」


 彼女の声音に耳を澄ましながら、朱彦がどんな表情をしているのか確認することもせず、俺はこの戦場を立ち去った。



 ***



 俺は駐輪場に止めていた自転車を押しながら橙乃を駅まで送っていた。

 ゲーム参加前と比べて、すっかり町中は夕日の光によって茜色の染まっている。沈んでいく太陽と向かい合うと、足元から黒くぼやけた影が伸びた。カラスの鳴き声も度々聞こえ、街灯も徐々に灯り始めていく。


「あんたってほんとはすごい人だったんだね」


 大通りの両脇に木々が囲む歩道を通過している最中、橙乃は真っ先にそう呟く。


「見損なったか?」


「ううん。少し驚いただけ。けどどうして秘密にしてた?」


「別に秘密にしていたわけじゃ……」


「だってもしあんたが最強プレイヤーなら、いつも手を抜いてたってことでしょ? やる気も感じられなかったし」


 ジト目で見つめてくる橙乃の真意を見透かすような視線から思わず逃れた。

 実際、秘密にしていたわけではないのだが、セーブしていたという自覚がある。

 今日の序盤で使用していた初期アカウントで、橙乃の影に隠れるようなプレイイング。

 だからある意味、心の何処かで三年前の過ちを繰り返してしまう、と抑制していたのかもしれない。

 俺の反応に見切りを付けたのか、橙乃はそっと正面を向く。


「やっぱりやめた理由は、あの元チームメイトと何が関係あるんだよね?」


「……まぁな」


 否定する気さえ持ち合わせず、簡単に認めた。

 すっかり日が暮れ、儚げに輝く街灯に照らされた道には、他の通行人が見渡らない。会話が途切れると、車輪が回る音やカラスの鳴き声が際立ちを見せた。この雰囲気が妙な男女間の意識を肌に与えてくるものの、正直それどころじゃなかった。余裕なんてない。気まずくて仕方なかった。

 無言で歩き続けているうちに隣の足音が止まる。振り返ると、深刻な表情をしている橙乃と面と向き合った。


「……あの人が言ってた──エゴイストってどういう意味?」


 橙乃の短い緑髪が左右に揺れるほどの微風が吹く。もっと激しければ、核心を射抜いたその質問を濁す事も出来たかもしれないが、当然かき消してくれなかった。


 流石に誤魔化し切れないか。


 言い訳出来るものならしたいくらいだった。

 けれどここまで知られ、素直にならなければ後々後悔するはずだ。

 そんな逃げ場を封じられたと言わざるを得ない状況に、俺は全てを告白した。



 ***



「へー、そんなことが」


 自動販売機の近くで立ち止まりながら包み隠さず全部伝える。

 橙乃は話を一通り聞くと、空になったペットボトルをゴミ箱に入れた。


「ちなみにその後チームはどうなったの?」


「さぁな。とはいえ、あいつが新しいチーム作ってるってことは、そういうことなんだろ」


 脱退して以来、俺は一切活動の情報を知らないが、おそらくすでに解散しているのだろう。でなければ、今日の試合に朱彦のチームメイトとして残りの二人も参戦していたはずなのだ。


「でもさ、お互い様じゃない? 一人で何とかしようとしたあんたも大概だけど、勘違いしたその人たちも十分悪い」


「だとしてもエゴイストだった事に変わりないさ。あの時の俺は自分が全てだと思ってた」


 自分のチームとまでは思っていなかったが、自分さえいれば勝利まで導ける。連携なんて必要ないと考えていたのは事実だ。

 橙乃に続いて俺もゴミ箱に空き缶を捨てると、休憩していた足取りを駅方面へと徐々に動き出した。


「幻滅した?」


「いいや、少し嬉しい!」


 橙乃は雰囲気と調和しない明るい笑顔を浮かべ、両手を腰に当てる。


「バカにしてんのか?」


「だって相澤ってなんでも出来ちゃうすごい人だと思ってたからさ、三年前とはいえ、唯一の欠点があって近しい関係になれたというか、あんたの事をもっと知れて嬉しいんだ!」


「なんだよそれ……」


 目を細めながら照れ臭く口を開く橙乃の意外な反応に、俺は降参のため息を吐く。内心では一周回って伝染するかのように嬉しさが湧き上がった。


「──ねぇ、やっぱり私とチーム組んでよ!」


 肌をそそるそよ風が吹く中、橙乃は優しく切り出しながら足を止めた。


「話聞いてなかったのか。昔俺は自己中のクソ野郎だったんだぞ。個人戦ならまだしも、チーム戦は無理だ。怖いんだよ。また夢中になって、周りに迷惑を掛けると思うと……」


 だから俺はチームから脱退した。

 ゲームをやめた。

 きっと自分は一つの事を熱中してしまうと、周囲に気が回らないのだ。それを分かっていながらも大切な仲間を傷つける事はもうしたくなかった。


「私はそれでも構わない! フハハハッ! なんてったって私にはどんな仲間も従えられる能力がある! 扱えないものはない! 私以上にリーダーに向いている存在はいないわ!」


 橙乃の厨二病ムーブが張り詰めた空気を阻害していく。


「そもそも、迷惑を掛けるのなんて友達なら、チームメイトなら当たり前! 誰にも迷惑を掛けない人がこの世にいるはずない! それにもし自己中だったとしても、三年前でしょ⁉︎ 今のあんたは、私が知っている誰よりも優しい人だよ! この私が保証してあげるんだから!」


 橙乃はビシッと俺に人差し指を向ける。


「それから! ……ううん、これはいいか」


 意味深に言葉を濁すと、改まったように真っ直ぐな瞳を向けてきた。


「幼馴染と交わした約束──お互いにチームを結成して大会で戦う目標のために私はあんたの力がどうしても必要なの。誰でもない、あんたがいい。だからお願い。私と一緒にチームを結成してほしい」


 彼女の澄んだ声音が耳を通り抜けて、心を優しく包み込んだ。


 俺もいい加減、三年前の出来事を忘れた方がいいのかもしれないな。

 友達なら、チームメイトなら迷惑掛けて当たり前。俺は優しい人か。

 ここまで言わせといて断れる奴なんて絶対いないだろう。

 RF自体はまだ好きだし、それに橙乃とのなら今度こそ……。


 戦場で橙乃と笑い合う光景が目に浮かんだ。

 日常の延長戦と言うべきか、そこには嘘偽りのない確証された現実味があった。


「お前は、幼馴染に勝ちたいのか?」


「ん〜、出来れば勝ちたいけど、私は勝っても負けても、その過程が楽しければそれでいいかな〜。ゲームは楽しんでなんぼでしょ!」


 そっか。

 きっと橙乃のこういうところが……。


 俺は落ち着きながら決意を決めるかのように全身の力を抜いた。


「分かった。手を貸してやる」


「え⁉︎ ほんと⁉︎」


「ただし条件がある。

 一つ、俺の過去は基本的に秘密厳守。

 二つ、チーム内の役割はあくまでサポート、俺はなるべく目立たない。

 この二点が条件だ」


「要するに後ろから私たちを支配したいと?」


「悪い方向に言い換えるな」


 的確なノリツッコミに橙乃は声を抑えて頬を緩めると、俺に右手を差し出してきた。

 安心や歓喜によるものなのか、緊張で強張っていた彼女の瞳が和らいでいる。

 その右手をしばらく眺めてみても、待ち構えるかのように一切動かない。歓迎の印として握手しようとでも言うのだろうか。

 手を交わさない限り、この状況から脱せないと感じ取った俺は橙乃へ歩み寄った。初めの一歩。まるで世界が変わったかのように、橙乃との関係性が近づいた気がした。

 橙乃の右手をそっと握る。


「これからよろしくね!」


「あぁ、お手柔らかにな」


 これで後戻りは出来なくなった。

 もちろん、まだ俺には不安がある。

 三年前と同じ失態を繰り返すかもしれない。傷付けるくらいならゲームはやらないと。

 しかし朱彦が橙乃を襲っている時に生まれた──彼女を守りたい、手を貸してやりたいという気持ちは本物だった。

 だからこれからは彼女のためにこのゲームをプレイするのだ。


「それと相澤、さっきは私を助けてくれてありがとう! すごくかっこよかった! 流石が私の助手、ううん──相棒だね!」


 天真爛漫な彼女の笑顔を受け、照れずにはいられなかった。


「にしてもあんたに二つ名があったとはね。──蒼い迅雷。蒼い迅雷www。」


 橙乃は明らかに俺をバカにしながら過去の呼び名を連呼してくる。


「やめてくれ。俺が自分で付けたんじゃない。周囲が勝手にそう呼び始めただけだ」


「別に笑って……wwwww」


 俺の過去への執着を緩和してくれた橙乃とはいえ、やっぱり彼女は変わらない。

 厨二病で、性格が残念な女の子。


 落ちていく日輪の空下で、こうして俺は本格的にリコシュ・フォースへ復帰した。




【あとがき】

タイトルの通り、主人公が最強へ復帰する覚悟を決めました。

次回からはチーム結成編です。

新キャラが登場予定ですので、引き続きフォローや星などよろしくお願い致します。

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