第8話 最強へ返り咲くのに理由は一つで十分

 ミサキは冷静に立ち回った。

 この時間帯の試合はソロポイントマッチ。

 相手に与えたダメージ数、キル数を総合的に暗算し、順位を決めるというものだった。

 ポイントマッチのルールとなると、自分の身を投げ打ってでも撃破しようとする無鉄砲なプレイヤーも存在する。

 撃破されたら終わりのバトルロワイヤルとは違って、何度も復活が可能なルールなのだから、一種の作戦とも言えるだろう。

 ミサキはエリアの端に位置する茂みが拡張現実された壁に背中を預け、辺りを見渡した。

 すでに多方面ではかなりの銃声が耳に入る。

 キルログにも何件か更新されていく。

 やはり強引に突破しようとするプレイヤーはいるらしく、同じネームが何度も繰り返される時もあった。


「あっ……」


 建物に隠れる男性プレイヤーを発見した。

 スナイパーライフルを覗いている。銃口の先は、先程銃声が鳴り響いていた付近。

 ミサキも一度は狙おうと考えたものの、彼女の武器は中距離のアサルトライフル。狙おうにも狙えない距離で諦めていた場所だった。


 見つけた。


 スコープを除き、引き金に触る。

 標準を男性に合わせると、即座に発砲。相手の位置に青い数字でダメージが表示された。

 男性プレイヤーは異変に気づき、真っ先に周囲を見渡す。当然、ミサキの居場所を把握していないため、対応出来なかった。

 一先ず移動しようと思ったのか、男は橙乃の方向へ走ってくる。


 その状況で動こうなんて初心者丸出しね。


 その隙を逃さなかった。再び発砲。相手に命中した合図の青い点のエフェクトが男に表示される。数十弾が男性を打ち抜き、撃破した。


「ふぅ……」


 座り込みながら障壁に背を預けると、倒した余韻に浸るかのようにゆっくり銃を下ろす。

 しかし突然、身体に青い球体マークが表示された。

 バレットホール。

 スコープを狙いを定められているという合図である。

 狙撃に夢中で気付かなかった男性プレイヤーと違い、ミサキはその存在に気付いた。

 右手周辺にバレーボールくらいの青い球が映し出されているのだ。

 咄嗟に立ち上がり、寄り掛かっていた壁で守りに徹しようとする。けれど反応した時には遅く、球体が消える。発射音とともに彼女にエフェクトが表示され、HPを削られた。


 危ない危ない。


 注意しながら撃たれた方面を覗く。

 ミサキが隠れていた壁と同様の赤い壁が並んでいる。冷蔵庫のような形をしている障害物だ。

 そんな行列の一番奥に女性プレイヤーの姿があった。

 スコープに頼らなくても命中させる事が可能な距離。顔を出すと、目の前にバレットホールの影響で視界が青に染まる。反射的に引っ込めたタイミングで、金属が跳ね返ったような銃の音が壁で鳴った。


 今日は調子が良いし、外で見てる相澤にも良いとこ見せないとね。


 このまま対応していてもジリ貧だと判断した橙乃は呼吸を落ち着かせると、この場を飛び出していく。

 相手とてそれを見逃さない。

 けれどミサキは一度一つ奥の障壁に身を隠し、回避。僅かだが、距離を詰める。

 二人は戦闘している場所は現実でいうランニングコースのカーブ外側。

 その部分に人工的な茂みが隣接している。そのため、茂みという壁も曲線を描いていた。

 ミサキはその地形を利用した。

 壁の内側を通るのではなく、外側を通って距離を詰めていくイメージ。

 相手プレイヤーの方がカーブの手前に陣取っている。明らかにその位置からではミサキを狙いづらかった。

 相手視点、これ以上距離を詰められたくないはずだ。

 後ろにはミサキが倒した男性がいる。挟み撃ちにされてしまうのを予感したのだろう。

 だからその場を動かない。

 何としても今ここで倒さなければならない。

 と、思ってるはずだった。

 予想が的中。

 女性は強引に攻め込もうとしたのか、障壁から外れ、少し前に乗り出して角度を変えた。

 その瞬間をミサキが狙う。

 外側に行くと見せかけ、内側へ入り込む。

 すると絶妙に障壁の間から女性プレイヤーの頭が見える。

 スコープを覗かずに引き金を引き、一撃必殺──ヘッドショットを決めた。



 ***



 残り五分となって、ようやく俺は橙色の衣装を纏った橙乃を見つけた。


 あいつやるな。


 雨が降り注ぐ中、見える範囲で遠く離れた位置から橙乃のプレイの目にして素直にそう思った。

 常に冷静な判断をし、的確に撃破している。ゲームをしている彼女が時々別人のように感じる時がある。普段とのギャップ。

 ふつーに上手い。よほど身体能力が高いのか、スピードの緩急の付け方や銃を構えるスムーズさも賞賛に値する。


 この調子なら何も問題無さそうだな。


 元チームメイトの朱彦あけひこがいるとはいえ、余計なお世話だったのかもしれない。


 しかしこういう時に限って事件が起こるというのは、お約束なのだ。



「お、初めてやられた」


 場所を広場へ移動した橙乃が瞬く間に倒される光景を目の当たりにした。

 撃破されると、身体に無色透明なバリアが形成される。

 ポイント制に限り実装されている──十秒間の無敵状態。

 HPが無くなると自動的に付与され、繰り返し撃破されるのを防止する役割を担っている。

 付与されたプレイヤーは十秒間ダメージを受けず、撃破されてから五秒後以降に銃が撃てるようになる。

 何故五秒後以降かというと、互いに距離を取る時間を与えるため。

 撃破された側は立て直すもよし、逃亡してもよし。撃破した側は無敵状態を利用して返り討ちされないための猶予を得るためだ。

 故に敵を撃破したら一度体制をリセットするか、異なる敵と戦う。

 それが常識だった。


「ん? どうした?」


 しかし妙だった。

 橙乃が無敵状態というインターバルを挟んだとしても、何度も撃破され続けていた。

 彼女が向いている方向にプレイヤーがいる事は明確なのだが、これほど短期間となる明らかにおかしい。


「これって……」


 いわゆる──リスキルだ。

 尚且つ複数人による実行。

 そしてその最たる所以は、参加プレイヤーが閲覧出来るキルログ。その記録によれば、一人のプレイヤーが橙乃を常に倒しているわけではなかった。

 おそらく三人。

 しかもその中に見覚えのある表記があった。


 プレイヤーネーム:gaily


 元チームメイトである朱彦あけひこが使用している名前である。


「まさかあいつ!」


 不安が的中したと言わざるを得なかった。

 とはいえ、まだ確証がない。

 偶然対面して、偶然何回も倒している可能性もある。朱彦の姿を捉えない限り、決め付けるのは良くないだろう。

 現場で起きている状況を把握するため、俺は急いでその場を移動した。

 天から落ちてくる雨の雫に当たりながらエリアを駆け抜けている間にも、橙乃の方面から銃声が鳴り響く。

 不穏な感情を抱きつつ、橙乃の後方十メートルほどのある小さな建物──現実でいうトイレの裏に潜んだ。


「まだやるつもりなの⁉︎」


 橙乃のそんな声音が耳に入る。

 気になってそっと顔をはみ出すと、橙乃の背中姿。それから彼女の十五メール以上前方には想像していた通り、赤色の戦闘服に着た里見朱彦、加えて気弱そうな少女とチャラそうな少年が立っていた。


 ババババンッ!

 ババババンッ!

 ババババンッ!


 案の定、集中砲火に見舞われていた。

 橙乃はめげずにひたすら真っ正面から歯向かっていた。何度キルされても無鉄砲になんとかしようと前へ進む。

 しかしその反抗は虚しく、結果は同じ。


「残念でしたぁ」


 行儀が悪い笑みを浮かべながら放った朱彦の計十発の弾が、橙乃の背中に直撃した。

 そうしてその後も橙乃は幾度と無く彼らに滅多打ちにされ続け、息が上がり、汗が滴れる。

 無敵バリアを利用して橙乃は赤柱の後ろに隠れた。

 柱に何発もの弾が跳ね返る。命中した部分は青いエフェクトが掛かり、時期に消えていく。


「あんたたちそんなことして何が楽しい⁉︎」


「何? なんか文句でもなんの?」


 真ん中に陣取る朱彦が答える。


「当たり前でしょ! 男なら正々堂々一対一で戦えよこのザーコ! 個人戦だってこと忘れてるわけ⁉︎」


「個人戦は協力してはならない。そんなルールはないと思うぜ?」


「スポーツマンシップの問題よ!」


 不満が溜まっている橙乃に対して、朱彦は鼻で笑っていた。


「それに真ん中のあんた! 相澤の友達なんでしょ⁉︎」


「まぁな。ただし正確にいえば、友達。こう見えて俺たち、昔このゲームでチーム組んでたくらいだ」


「……え、今なんて?」


「チームだよ。大会とか出てるくらい本気で打ち込むくらいのな」


「何言っての? あり得ない。だって彼、私より弱いへっぽこでゲーム嫌いな男よ?」


 朱彦は首を傾げる。


「お前こそ何言ってんの? その逆だぜ? あいつはこのゲームにおいて最強と呼ばれてた男だぞ?」


 話の辻褄が合っていない。


「いや、そんなはずじゃ……」


 意見の食い違いに違和感を覚えたのは橙乃の方だった。


「あぁ? もしかして知らなかったのか?」


 橙乃の表情が途端にいつにも増して強張った。声音からもその動揺さが窺え、驚きのあまりに言葉を失っていた。

 俺の心がキュッと締まる。

 自分の過去は誰にも教えていなかった。仲が良いクラスメイトや博本はかもと先輩、そして橙乃にも。

 隠していた。知られないようにしていた。

 朱彦は橙乃の反応である程度察したのだろうか。不敵な笑みを顔に出した。その仕草からは何かを企んでいるような気配を感じた。


「おい、蒼葉あおばの連れ。お前はどうしてこのゲームをやってんだ?」


「お、幼馴染とお互いに最強のチームを作り、大会で戦おうという約束を守るため!」


 困惑しながらも格好付けて目標を語る橙乃。


「へー、じゃあそのチームは今どこにいる? まさか誰もいないとか言わないよな?」


「そ、それは……」


 しかし橙乃は悔しさで下唇を噛み、途端に無言を貫いた。


「おいおいまじかよ。ちなみに、あいつはそれを知ってるのか?」


「知ってるよ! というかさっきから何⁉︎ ここはそんな面接をするような場所じゃないんですけど!」


 橙乃の反発も虚しく、嫌な印象を与えていた朱彦の表情が一層地に落ちていく。


「ハッハッハ! だったら余計笑えるな! あいつは元々大会で優勝するほどの実力者だ! なのにてめぇに手を貸さなかった! 隠していた! 要するに、心の中でお前には出来ないって笑ってたんじゃないのか⁉︎」


「ち、違う! もしあんたの言うことが正しかったとしても、それだけは絶対違う!」


「いいや違わないね! あいつはそういう人間だよ! 実際、こんなにてめぇを痛め付けても助けにも来ない! なんせあいつは自分のことしか脳がないエゴイストなんだからな!」


 本来なら橙乃に向けられたはずの罵声は、俺の胸に突き刺さった。

 心の中で否定出来なかった。

 誰もいなくなった戦場。

 自分を睨み付ける哀れな瞳。

 突き放す多数の言葉がフラッシュバックしてくる。

 自分のために、みんなのために強くなろう、勝利しようと努力した結果、自分に向けられた嫉妬や嫌味の視線。王様気取りとか言われ、最終的にはチームから追い出される始末。

 RFから身を引いた根源たる原因がそこにあった。

 だからそんな見返りに合わない思いをするくらいなら、RFにはなるべく関わらない。

 そう決めていた。


「というか、一緒に参加するチームメイトがいないとかこの子よっぽど悲しい人なんだな」


 朱彦が盛大な笑いを繰り広げていると、左後ろにいるチャラそうな少年が口を開く。


「確かにそれは言えるぜ!」


 男二人は揃ってバカにするような振る舞い方をした。


「もうこれ以上やめませんか? いくらなんでも可哀想ですよ」


 ただしその三人組の中で唯一気弱そうな少女だけは違った。橙乃を襲う行為に抵抗があるのか、浮かない顔をしていた。


「お前は黙ってろ。俺に指図するな」


 しかし朱彦が圧力を掛けると、視線を外しながら「ごめんなさい」と言って何も口答えしなくなる。このやり取りだけで三人がどのような上下関係にあるのかが明白だ。


「まぁそんなことより、さっさと再開しようぜ。そんな身の丈に合わない目標なんて無謀だと分からせてやるよ」


 再び戦闘が開始された。

 モチベーションが高い男二人を中心に仕掛ける。少女は橙乃が隠れる柱の目の前から、男二人は両脇に回り込んで反撃を注意しながらも奇襲していく。


 バババババババババッ!

 バババババババババッ!

 バババババババババッ!

 バババババババババッ!

 ババババンババババッ!

 バババババババババッ!

 

 残酷に、冷徹に、雨が降る音さえも掻き消すくらい銃声が反響する。

 ところが橙乃に動きはなかった。

 弾丸が身体に命中し、リスポーンしてもピクリとも反応しない。


「……ッ⁉︎」


 するとその直後、橙乃の頬に透明な雫が下垂れた。システム的付与の雨の影響ではなく、これは間違いなく本物のであった。


「類は友を呼ぶと言うが、エゴイストなあいつと、己の実力も把握し切れていないてめぇはお似合いな組み合わせだな!」


 朱彦の勢いが止まらない。好き勝手に暴れ、完全に悪役の表情をしていた。


 俺はこのままでいいのか……。


 気付けば、血管が滲み出るくらい手を強く握り締めていた。自分の過去を思い出すだとか、秘密にしていた事がバレただとか、自分自身に対する憐れみではなく、橙乃のそんな苦しむ姿を招いたことへの怒りである。

 けれど後一歩、後一歩、過去の呪縛から解放されない。

 どうしても頭に浮かんでしまうのだ。

 また同じ過ちを繰り返してしまったら、他人を傷付け、見損なわれてしまったらと。

 そう思った矢先──。


「エゴイスト? 何それ? めちゃくちゃ良いじゃない」


「橙乃……」


 俯いていた橙乃は生き生きと顔を上げた。


「それにね、言わせてもらうけど──たとえそうだったとしても私は……私はあいつが優しい人だってことを知ってる! だからそれを証明するためにも、あんたらに負けるわけにはいかないんだ!」


 諦め掛けた瞳を輝かせ、声を張って放った橙乃はついに反撃を始める。

 橙乃の発言によって、自分の行動を縛っていた鎖が壊れる音がした。

 過去に囚われてるくらいなら、目の前の少女を救え。何より自分のことを信じてくれる大切な友達なら尚更だ。


 クソ!

 女の子一人守れないで何が優しい人だ!

 俺はそんな優れた人間じゃないんだぞ!


 俺はメニューを開き、ゲームのホーム画面に戻る。そしてログインアカウント選択すると、手が止まった。

 二つのアカウントが目に入る。

 一つは現在使用しているアカウント。

 それからもう一つは約三年前使用していたアカウント。

 一時期削除しようか悩んだものの、どうしても決定ボタンが押せなかった、いわば負の遺産だ。

 そのプレイヤーネームは──Ocean。


『トリガーコンバージョン』


 そのような変身する際に流れるゲーム音とともに、俺の平凡な茶色の迷彩服が徐々に足元から新たなコスチュームへと変化していく。

 上昇する水面かのように白い線を境に、煌びやかな光を纏いながら蒼色のフード付き戦闘服に包まれた。


 バサッ。


 俺はRFというゲームを一生プレイしないつもりだった。

 なのにあいつは俺を無理矢理参加させようとしてきた。だけどそれは俺にとって、微かな救いになっていたのかもしれない。


 一人の少女──ミサキを救うため、俺はその場を駆け出していった。





 相澤蒼葉

①プレイヤーネーム Ocean

②コスチューム   ブルースカイ:345

③ウエポン    HK417アーリーバリアント

 ※アサルトライフル

④ サブウエポン   P226

 ※片手銃

⑤?????

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