第7話 ハリケーンの前の静けさ

 校内の駐輪場から自転車を持ち出し、俺と橙乃とうのは学校を後にする。

 今日も今日とて会場に向かっていた。

 高校から一番近いRFが行われる場所──霞ヶ丘陸上競技場。

 霞ヶ丘市にて、主なRFのゲーム会場は霞ヶ丘陸上競技場、霞ヶ丘自衛隊駐屯地、森林公園の三箇所である。

 ごく稀にその辺の住宅街や道路などでも行われるものの、よほどの事がなければあり得ない。

 住民への危険やAR化しづらい障害物の少なさを考慮すると、当然といえば当然だ。


「いや〜、流石師匠だった。色んなゲームを極めてるだけあって、リコシュ・フォース以前に射撃の上手さが半端じゃない。……にしても悔しい! いつになったらあの女をこてんぱんに出来るのよ!」


「おーい、本音漏れてるぞー」


 橙乃は歩きながら不満たらたらな表情で道端の石ころを蹴っていた。

 博本はかもと先輩の前では従順な後輩を演じていたが、すっかりその仮面を剥いでいる。相当負けを根に持っているらしい。


「どうしてそこまで勝ちに拘るんだ?」


「そりゃあもちろん、あの女にギャフンと言わせて、チームを組ませるため! 私に負けたとなれば、きっと悔しみのあまり泣きついてくるに決まってるでしょ! そうしたらこっちのもんよ!」


 うっししと不敵な笑みを浮かべる橙乃。


 こいつ、ほんと嫌な奴だな。博本先輩の気も知らずによくそんなことを……。先輩と俺の同情を返してくれ。


 橙乃の過去を知り、一度でも悲しいトラウマを持っているんだと考え込んでしまった俺がアホに思えてきた。

 どこまで行っても橙乃は橙乃。

 相変わらずのひねくれたようだ。


「この鬱憤は、今日の個人戦にぶつかるとしようか。……我の逆鱗に触れたこと、後悔するがいい!」


 ただの八つ当たりじゃねぇーか。


 そうこうしているうちに目的地である霞ヶ丘陸上競技場へ到着した。

 先日と同じようにそれなりのプレイヤーが集まっている。しかし今日の日程は個人戦というだけあって、一人で訪れている面々が多い印象にあった。


「個人戦なら今日は外で見守ってるわ」


「は⁉︎ なんでよ!」


「今までなんとなくお前と一緒にゲームをプレイしていたが、思い返してみろ? 俺はお前に付き合ってとかしか言われてない。解釈によってはただ見守るってことにも繋がらないか?」


「何を今更……。そんな言い訳通じるわけないでしょ。いつも通りあんたも参加すれば良いじゃん」


「たまにはこういう日もあっていいのでは?」


 博本先輩に色々と教えてもらったせいなのか、単なる気まぐれでそうしたい気分だった。


「ハッ、まさか! 早く帰りたいからって途中でいなくなるつもりなんじゃ⁉︎」


「安心しろ。最後まで見ててやるから」


 俺は念入りに疑ってくる橙乃の言葉をキッパリと言い張った。


「なら構わないけど……絶対だからね! ぜぇ〜たい! もし帰ったらあんたの家に私で魔法陣展開するわよ!」


 魔法陣ってなんだよ。そんなに俺のこと信用出来ないか?


 極力要望に応じていた下積みがあるというのにこの有様とは。それなりに信じて欲しいものである。


「……ほんとに、いなくなったら承知しないんだからね」


 橙乃は誰に伝えるわけもなく、沈んだ声音でそう呟いた。その表情は酷く怯え、恐れ慄いた様子だった。


「あれ、蒼葉あおばじゃねぇーか」


 と、その時、声を掛けられた。

 背丈は自分と同じくらいで、乱れている他校の制服と暗めの茶髪。常に睨み付けているような鋭い目元。

 里見さとみ朱彦あけひこ

 正体は、俺の中学の頃の知り合いだった。


「朱彦……」

 

 途端に心臓の挙動がおかしくなる。胸の周りを何かが覆っているような感覚が付き纏い始めた。


「知り合い?」


「あぁ、中学の同級生。……久しぶりだな。ここで何してるんだ?」


「ゲームに参加する以外に何がある。もしかしてお前も参加するのか?」


 何の前振りもなく、朱彦から戦いを挑まれるような鋭い視線を送られた。


「参加しないよ。俺は連れの付き添いに来ただけだ」


 朱彦は俺の後ろに立っている橙乃をじっと見つめる。


「どうも……」


 よそよそしく橙乃は頭を下げた。


「ふーん。まぁいいや。互いに頑張ろうぜ」


 橙乃に全く関心を示さず、朱彦は呆気なくこの場を去っていった。


「なんか愛想悪い人って感じだね〜。……ん? 相澤あいざわ、どうかした?」


「いや、何でもない」


 朱彦との因縁が脳裏にチラつきながら無意識に彼の背中を眺めてしまう。

 俺がリコシュ・フォースを離れる要因となったチームメイトの一人。

 まさかもう一度顔を合わせるとは思っていなかった。


「なら私もう行くから」


「お、おう。頑張ってこい」


 そろそろ開始される時間なのか、橙乃は近くに駐輪していた俺の自転車の前籠に鞄を入れると、ゲーム内で指定されたスタート位置に移動し始めた。


 嫌な予感がするな。


 これはただの直感だ。

 しかし朱彦と出会してから、胸の中が落ち着かない。橙乃に対する心配が高まっていく一方だった。


「やっぱり、一応俺も参加だけはしておくか」


 宣言通り、外で観戦機能を使って見守ろうとしていたのだが、こうなっては仕方ない。

 自分の鞄を開けると、そこにはGM。まだゲームに対するやり切れない想いが拭い切れていないせいなのか、いつにも増して邪悪オーラを放っているように見える。

 俺はいつもGMを持ち歩いていた。

 プレイするためではなく、昔の思い出を忘れないように戒めとして、持ち歩いていないと気が済まないのだ。

 取り出して感情的に握り締めると、橙乃には黙って、俺もゲームに参加する事を決意した。



 ***



 ゲームに参加するプレイヤーは各々の定位置で待機し始める。

 俺は競技場のすぐ隣に位置する公園のブランの付近。

 スタート地点は自分たちで決められるのではなく、運営がランダムで指定する仕組みになっている。なるべく他のプレイヤーの姿が見れないように配置されているという親切さも織り込み済みだ。

 服装は毎度の如く、初期に必ず一つ貰える茶色のザ・迷彩服。

 正直、ダサい。

 だが、隠密して橙乃を見守る。

 そんな今回の目標なら、迷彩服の本来の役割を十分活かせるはずだろう。

 ついにカウントダウンが映し出される。今回のゲームに参加する他のプレイヤーも同様である。長いようで短い5秒間が計測された。

 そしてカウントが0になると──。


『これよりRF・ソロポイントマッチを開始致します。ステージ設定──夜の街B・雨』


 AR化が始まる。

 白と橙色が特徴のヨーロッパの広場。

 付近で瞳に映っていた競技場は伝統を感じるコロッセオと化し、コンクリートの地面がレンガ畳に変化していく。

 空が深夜と呼べるほど暗闇に染まった。

 最大の変化は、雨が降っているという点。

 実際身体に滴が当たるわけではないが、あくまで演出として設定されているのだ。


 こうして制限時間、二十分のタイマーが動き出す。


「まずあいつを探すところからだな」


 早速俺はエリアを散策し始めた。





 相澤蒼葉

①プレイヤーネーム aoba

②コスチューム   ブラウン:001

③ウエポン    HK417アーリーバリアント

 ※アサルトライフル

④ サブウエポン   P226

 ※片手銃

⑤?????

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る