第6話 先輩との銃撃戦
「あら、
「
真っ先に俺へ挨拶をしてくれた黒髪ロングヘアーで、パーカーが特徴的で、冷淡で、小柄な少女はゲーム部の部長──博本
先輩と呼んでいる通り、今年で三年生となる俺たちと一つ年上の生徒だ。
「桃香さん! もう一回勝負しましょ!」
「蒼葉くんが来てくれたんだからもう終わりよ。この後RFをプレイしに行くんでしょ?」
「そうですけど! 我宿敵にこのまま負けっぱなしで終われるわけがありません! あなたが年上だとしても、容赦しないんですからね! それに、私はまだ本気を出していない。この左眼に封印された力を今こそ解放する時!」
「そういうのは私に一度でも勝ってから言いなさい」
禍々しく左眼に手を添える橙乃を、博本先輩は呆れた様子で跳ね返す。
「なら蒼葉くんも一緒にやる?」
「俺は良いですよ。その辺で見てますので」
「そうですよ桃香さん! そんな奴私たちの足元にも及ばないくらいの雑魚プレイヤーですから!」
「雑魚で悪かったな」
先輩に負けてるお前には言われたくねぇーよ。知らないだろうけど、これでも元チャンピオンだぞ。
俺の過去を教えるつもりはないけれど、いつか橙乃をボコボコにしてやりたいという夢を抱いているものだ。
そしたら俺に対する大きな態度も少しは変わるのだろうか。
「じゃあ、あと一線だけだよ? その代わり私が勝ったら、私を師匠と呼ぶこと」
明らかに面倒臭さが滲み出ている博本先輩がそんな条件を突き付けると、橙乃は煽りながら笑った。
「え〜、どうしよっかな〜。正直、私より小さい人を年上だと思えないという本音もありますし? そこまで言うなら仕方な──ッ⁉︎」
博本先輩は橙乃の頭に拳をねじ込んだ。
「今私が小さいって言った? 人のコンプレックスをバカにするのは良くないよ」
「痛い痛い痛い痛い! 冗談ですって! 私があなたのことを敬ってないわけありません! 尊敬する人生の大先輩です!」
博本先輩の地雷は身長が小さいとバカにされること。自覚しているからこそ、気にしているのだ。
橙乃の賢明な謝罪に博本先輩は心を許す。
「分かればよろしい」
「ひどい。お母さんにもまだ殴られたことないのに……」
「こんな事やってないでさっさと終わらせるわよ。形式はどうする?」
「……さっきはスナイパーだったから、シューティングの方でいいんじゃないですか?」
「おっけー。こっちで設定しておくよ」
博本先輩は不貞腐れている橙乃を他所に、リアコードを操作し始めた。
一応、俺も付けとくか。
リアコードを装着しているかいないかでは見る世界が異なる。
そのため、装着していなければ今博本先輩が行っている作業も側から見れば、理解出来ない行動なのだ。
何もない空中をなぞっている変質者。
しかし耳に付けた途端、その全貌が明らかになる。
それこそがAR。
セーラー服だった彼女たちの容姿が一瞬で変わった。
橙乃はお馴染みの橙色の迷彩服。
博本先輩はフードが取り付けられている黒一色の戦闘服。
どちらも俺が部室に到着する前からアプリを開き、設定していたのだろう。
GMもそれぞれの銃にARかされており、校内でARに切り替えているものだから、背景と全くマッチしていない。まさにコスプレ。近未来の街中に原始人が転移したレベルで違和感だらけだ。
「よし、準備出来た。美咲、定位置に付いて」
「今度こそ負けませんからね!」
二人は窓が空いている側で膝を突き、スコープを覗く。
その先、校庭の奥側のスペースには黒いキューブが正面に設置されていた。そのキューブの頭上に青い正方形が浮かんでいる。キューブもGMと同様に、リアコードと組み合わせて使用する道具。今回はRFとリンクさせ、擬似射撃の的を映し出していた。
シューティングモード──5・4・3・2・1・0
カウントダウンとともに、対決が始まった。
橙乃と博本先輩は一斉に引き金を引く。部室の中に激しい銃声が鳴り響き、次々と現れる的が消えていく。
両者共にポイントを稼ぎ続けた。
しかし博本先輩の伸びる勢いが、比例のように橙乃との差を広げている。
橙乃もそれなりに対抗しているものの、狙う随所を博本先輩が先には射抜いていたのだ。
そして制限時間が刻々と過ぎていき、最後の的が撃ち抜かれた。
25─32
winner Dr.momo
***
「はっは〜、師匠〜」
パイプ椅子にくつろぐ博本先輩を前にして、橙乃はひざまづきながら礼儀を示していた。
哀れだな。
「くるしゅうない、早速美咲に命ずる。校庭に設置しているあのキューブを直ちに回収してきてたまえ」
「承知致しました! 行って参ります!」
橙乃はピシッと決まった敬礼をすると、ゲーム部を飛び出し行った。
その背中を見送っていた博本先輩はクスクス目を細めている。王様気分を味合う態度といい、完全に面白がっていた。
「蒼葉くんごめんね、いつも迷惑かけちゃって」
「いいえ、逆に感謝したいくらいですよ。橙乃のあんな無様な格好が見られたので気分が良いです」
「ほんと君はあの子にだけ容赦ないね」
あの子だけというか、あいつだけしかイライラを感じないだけ。もっとまともな女の子だったら俺も適当な扱いはしない。
「そういえば、美咲から聞いたよ。またチームの誘いを断ったんだって?」
博本先輩は机に肘を突きながらほんのり微笑む。見た目の割に大人っぽく、色っぽいを表情を向けられた。
「当たり前じゃないですか」
「いい加減受け入れてあげたら? あの子、頑固だから一生引く気ないでしょうし」
「だったら先輩が入ればいいのでは? 俺より上手い橙乃に無敗。あなた以上に即戦力になる人はいないと思いますよ?」
博本先輩も橙乃からチームの誘いを受けているその一人だ。しかし俺と同じく彼女もその要求に応えていなかった。
「私はいいかな」
「どうしてです?」
「私、ARゲーム自体があまり好きじゃないんだよね。たまにプレイする分には良いんだよ? けど、あの子と同等、それ以上に熱中出来るかと聞かれたら絶対にノーと答える。いわゆるコンシューマー向きなのよ」
なるほど、そういう理由があったのか。
ゲームが好きでもARゲームは嫌いって言うゲーマーがこの世にいくらでもいることを俺は知っている。
一重にそれは、運動神経がそのまま反映されるシステムになっているからだ。
例えば、ほとんどのRPGゲームには自分が望むスキルやアビリティ、そして自分が使用するキャラクターの能力値、すなわちステータスの割り振りや強化が自由というポイントがあると思う。
自分の戦闘スタイルに合わせ、好きなように構成することができるだろう。
だが、RFのような戦闘系ARゲームにおいて、大前提からそんなものは一切存在しない。ステータスの割り振りや強化というRPGゲームの基盤となる設定がないのだ。
だったら戦闘系ARゲームでは何が自分のステータスになるのか?
そう、ARの意味、拡張現実。
つまり、現実世界の自分の身体能力がそのままステータスとなる。
故に悪い問題があった。
それが運動神経の差。
身体能力が低い人が完全に不利。
身体能力が低い人、まぁ言い方を悪くすればデブや引きこもり、ニートなどの社会不適合者のような人たちには不向き。身体能力が高ければ高いほどRPGゲームでいう上位ランカーと称され、逆に低ければ低いほど低ランカーと呼ばれてしまう。参加しても好ましい結果を残すことが出来ない。
非常なまでに残酷な世界。
『RPGゲームに近い自分が理想とする動作ができない』
『思ったように体が動かない』
『これは陽キャのためのゲームだ!』
『こんなクソゲーなんて消えてしまえ!』
など、一部の人々からは批判的な意見をよく耳にすることもある。
しかしこれこそが戦闘系ARゲームの本質であり、醍醐味。必要不可欠な設定であり、ARと言われている由縁である。
ただしそういう発言をしている人々を貶しているわけではない。
人には向き不向きがある。
だから俺は博本先輩の発言を否定することが出来ない。
それをしてしまったら、彼女の存在自体を否定することに繋がってしまうから。
「それにね、多分、あの子はあなたとチームを組みたいんじゃないのかな? 誰でもない、相澤蒼葉という少年と」
「根拠は?」
「──実は、あの子にもこの学校で結成したチームがあったの。私を除いたゲーム部の部員で形成されたね」
「そうなんですか? でも待ってください。今の部員で俺たち三人だけですよね?」
「そ、要するにすぐに解散して、退部しちゃったんだ」
初耳だった。
俺がこの場に入部したのは一年の三学期。話の辻褄は合っている。
「何かあったんですか?」
「ほら、あの子にはさ──中学で別れた幼馴染と互いに最強のチームを作って、大きな大会で戦うっていう目標があるじゃない? その目標のせいか、他のメンバーとの熱量の違いが生まれて、チームの亀裂に繋がったみたい」
チームメイトとのすれ違い。
どこがで似たような話を聞いた覚えがある。
「てなわけで、私も中途半端な気持ちであの子の想いに答えるわけにはいかないんだ」
博本先輩の拒絶は橙乃への思いやりあってこその返事。
個人的は理由で断り続けている俺とは違って、真っ当な言葉だった。
「だからさ、あの子の全てを受け入れてくれる蒼葉くんなら、任せても良いかなって思うの。部長として、心配なんだ」
世知辛な先輩の思い。
俺の心の中で反響していた。
「考えておきます」
「うん、今はそれでも良いし、別に受け入れてくれなくてもいいよ。ただ、あの子の側にいて欲しいだけだから」
博本先輩は橙乃を厄介な後輩だと思っていると勝手に決め込んでいた。
でも彼女の見てないところで先輩は心配し、真剣に考えていた。ぐだぐだ文句を言ってたとしても、勝負に付き合ってあげているのが何よりの証拠。
──ガラッ。
「師匠! 取って参りました!」
「お、流石我が弟子──バレットウィッチ。仕事が早いではないか」
それは物語に登場する師匠そのものだった。
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