第5話 厨二病は細かいことを気にしない
数日後。
休み時間、俺は一番窓際の列に位置する自分の席で外を眺めていた。
平穏で落ち着いた雰囲気。僅かな間だが、特に何も考えずにぼーっとするこの時間が何気に好きだった。
「たのも〜!」
しかしそこへ割り込む不届者がたまにいる。
それがまさに今俺が所属しているクラスに訪れた少女。
根岸色のボブヘアー。生意気な顔付きと華奢な身体は精神的にも年齢的にも幼く見えてしまう彼女の名前は、
極度のゲーマーで、取り返しの付かないくらい重症な厨二病である。
「神々しいオーラを纏う我は銃を扱いし者──バレットウィッチ。この度は永遠なる時を過ごすであろう我が助手に用があって……」
「橙乃さんいらっしゃい!」
「今回はどういう設定なの⁉︎」
橙乃が自己紹介をしようとした途端、二人の女子生徒が怒涛の勢いで迫っていった。
「だからいつも設定じゃないって言ってるでしょ!」
「じゃあバレットウィッチって何⁉︎」
「そ、それは……」
「ねぇねぇ教えてよ!」
純粋な女生徒たちの視線が橙乃の羞恥心を炙っていく。
厨二病という生き物は、こういう発言の意味性を求める質問には弱いのだろう。単なるかっこよさを追求した結果、溢れ出る単語に過ぎないから。そこに意味などないのだ。
いやー、俺もそういうお年頃の時期があったからその気持ちすげぇー分かるぞ。
エターナルブリザード!!
って、子供の頃流行ったサッカーアニメに出てくる必殺技を所構わず叫んでたもんだ。
なんて考えながら、頬を赤らめて困り果てている橙乃を眺めていると、ご本人と視線が合った。薄らと涙ぐんでいて、俺に助けを求めているのは明白だった。
ったく、仕方ねぇな。
これ以上見て見ぬ振りをしていたら、こっちまで被害が生まれそうな予感がしてしまい、俺は渋々彼女たちの元へ歩み寄った。
「二人ともその辺にしといてくれ。そのバカにそんなこと求めても無駄だぞ」
「あんた今いきなりバカ呼ばわりした⁉︎」
「バカにバカって言って何が悪い。自分のことをバレットウィッチとかいう変な名前で呼んでる時点でバカなんだよ」
「変な名前って言うな! 一ヶ月間真剣に考えて決めた二つ名だぞ!」
一ヶ月間って……どんだけ長いこと考え込んでたんだよ。
眉間に皺を寄せて、俺に人差し指を向けてくる橙乃。
その態度を呆れて冷めた瞳で見ていると、橙乃は一つ咳払いをする。
「と、とにかく今日の放課後、部室に来て! それだけ伝えに来ただから!」
橙乃はそう言い残し、瞬く間にこの場を去っていった。
本当にそれだけ? ならメールで伝えてくれれば良かっただろ。あいつの考えてることがよく分からん。
「あー、橙乃さん行っちゃった。今日こそ友達になりたかったのに」
橙乃に話し掛けていた女子生徒二人が明らかに落ち込んだ吐息をする。
「いつも悪いな。俺に何か出来ることがあれば良いだけど、あいつ、自分がぼっちだと思い込んでるからな。なかなか心を開こうとしないんだ」
「ううん、大丈夫。私たちは橙乃さんのファンだからね。どんな時でも前向きで明るいあの子、ただ友達になりたいだけなの」
橙乃は自分自身で万年ぼっちだと告白していたものの、実際は周囲から好かれている存在なのだ。
彼女の言う通り、橙乃はそこにいるだけで場を和ませてくれる温かい女の子。厨二病という要素が一層周囲の注目を浴びる結果に繋がっている。
あそこまで素直で純粋な少女を嫌いになる方があり得ないだろう。
「にしても、どうして相澤くんだけ避けられてないのか不思議でしょうがないよ。やっぱり、付き合ってるの?」
「そんなわけないだろ。単なる無理矢理付き合わされるゲーム友達だよ」
恋愛関係だったらどんだけ良かったことか。
彼女を好きだからという理由ではない。
橙乃が一番やり込んでいるゲーム──リコシェ・フォースをほとんど引退している俺からしたら、よっぽどその関係の方が楽なのだ。
昔を思い出したくない。
それに尽きる。
ポケットに入ってるリアコードにメールが入り、振動した。
何かと思い、装着して確認すると、橙乃からメッセージが届いている。
『あの人たち毎回なんで私に話し掛けてくるの⁉︎ もしかして新手の侵略者⁉︎』
なわけねぇーだろ。
橙乃に友達が出来るのかという不安を抱きながら、俺は溜息を付いた。
***
放課後。
俺は人知れず活動するゲーム部が拠点とする場所へ向かっていた。
とは言っても、俺は幽霊部員だ。
部員は三人。
俺と
この学校には部員が三人いなければ部として認めないという校則がある。
要するに埋め合わせとして俺は入部しているのだ。
これも全て橙乃のせい。
彼女と関わるようになってから俺の学校生活が無茶苦茶だと、改めて認識せざるを得ない。
「あ"ぁぁ! また負けた〜!!」
ゲーム部のドアノブに手を掛けた瞬間、悔しみが込められた橙乃の雄叫びが聞こえてきた。
ガチャと扉を開けて中に入ると、リアコードを装着し、黒い銃型の機械──GMを構えながら窓の外を見ている二人の少女が目に入る。
一人はもちろん、嘆きまくってうずくまっている橙乃。
もう一人は長い黒髪を伸ばし、制服の中にパーカーを着込んでいるゆるかわ系女子。口には棒付きのキャンディー。
橙乃より一回り小さい身体付きは年上とは思えない見た目をしている。
この二人またやってんのか。
「あら、
「
外観に比べて、お淑やかな口調はロリババアに似た性質を持ち合わせているように俺はいつも感じていた。
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