第9話

 私は相変わらず、牢屋の中で生活していた。


 しかし、身の安全を確保するのにこれ以上適した場所はないので不満はない。

 それに、一人で牢屋に入っているわけではない。

 私はシェリーちゃんと同室なのだ。

 だから、寂しくもない。

 彼女の食べる物などは、憲兵の人が用意してくれる。


 それに最近は、この駐屯所にいる犬、ゴードン君とも仲良くなった。

 彼は時々、私のいる牢屋に入ってくる。

 体が大きく見えるが、実際にはほとんど毛で、格子の隙間から入ってくるときに、体がシュッとなるのが面白い。


 そんなわけで、私は眠る時も、シェリーちゃんとゴードン君というモフモフの二人に挟まれて寝るので、不安や寂しさなど微塵も感じないのだった。


 そして現在は、牢屋の中でゴードン君と遊んでいる。

 シェリーちゃんはその様子を楽しそうに見ている。

 ゴードン君と私の間に小さなボールを置いて、憲兵の「よし!」という掛け声を合図に、どちらが早くボールを取ることができるのか、という遊びだ。


 そのボールは現在、ゴードン君が咥えている。

 何度もこの遊びをしているけれど、彼はなかなか手強い。

 もちろん、私がとる時は、手で取っている。

 私も口で取ることは物理的には可能であるけれど、霊長類としてのプライドがあるので、今のところは控えておいた。


「大変です! ラフレーム家の次男が、遺体で発見されました!」


 駐屯所内に、兵の報告の声が響き渡った。

 その突然の報せに、私は驚いていた。

 ラフレーム家の次男っていうと、グリフのことね……。

 遺体で発見されたって、いったいどういうことなの?


 当然ながら、遊びは中断された。


 駐屯所内の雰囲気も変わり、グリフの死についての調査が始まった。

 当然ながら、私は蚊帳の外である。

 蚊帳の外だけれど檻の中なので、働きもせず遺産相続を待ち構えていた金食い虫たちは寄ってこない。

 しかし、先述のとおり、私がいる牢屋は彼らのデスクのすぐ近くにあるので、彼らの会話は筒抜けなのである。


 捜査が始まってから数時間が経過した。

 私は大体の捜査内容を把握していた。

 グリフの死は、初めは事故か自殺の線で調べていたが、遺書が見つかったことから、自殺だという可能性が高くなってきたみたいだ。


 しかし、私はそうは思っていなかった。

 彼らは、あることを見逃している。

 事故でも自殺でも、#あれ__・__#が現場から見つかっていないことは、明らかにおかしい。


「あのぉ、ちょっとよろしいですか?」


 私は少し声を大きめにして、彼らに呼び掛けた。


「なんですか? ご飯の時間ならまだですよ。今は調査中ですから、邪魔しないでください」


 ペットか、私は……。

 いろいろと文句をぶつけたかったが、今は後回しだ。


「あの、それって、事故でも自殺でもないと思うんですけれど」


「何を言っているんですか。根拠もなくよくそんなことが言えますね。暇を持て余しているのはわかりますが、捜査のまねごとをするのなら、そこの猫相手にでもしていてください」

 

 兵は呆れたという様子で、大きなため息をついた。

 さすがに腹が立ってきた。

 確かに彼らの立場からすれば、私は邪魔者に映るのも仕方がない。

 でも、人が親切で教えてあげようとしているのに、その態度はないでしょう?


 私は怒りに身を任せて、ボールを憲兵にぶつけようとした。

 しかし、それはやめておいた。

 物理的には可能であるけれど、霊長類としてのプライドがあるので、今のところは控えておいた。


「ねえねえ、聞いて、シェリーちゃん」


 私は憲兵の言う通り、自分の思い付きを、シェリーちゃんに話しかけることにした。

 もちろん、大きな声で言っているので、ほかの憲兵にも聞こえている。

 まるで、喧嘩した夫婦が、ペットを介して会話をしているみたいな状況だ。


「憲兵さんってね、とってもお馬鹿さんなの」


 小動物に話しかける際に精神年齢が幼くなってしまうのは、霊長類の、否、人類の謎だけれど、とりあえず今は気にしないでおく。

 憲兵から怒りの視線を感じるけれど、それもとりあえずは気にしないでおく。


「現場にあれがないのに、全然気にしていないのよぉ。どうしてかしらぁ? え、あれって何かって? 気になるよねぇ。話を聞こうと思うのが、普通だよねぇ。でも、憲兵さんは興味がないみたいだから、シェリーちゃんにだけこっそりと教えてあげるわ。あれっていうのはね──」

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