第8話

 (※グリフ視点)


 僕の部屋に入ってきた人物、それは、アネットだった。


「何か、用か?」


 僕は彼女に尋ねた。

 兄貴の婚約者の座に収まった彼女だが、僕は警戒を強めていた。

 彼女は僕にとっては幼馴染だ。

 彼女のことを好きだと思っていた時期もあった。

 しかし、今は遺産を相続するうえでの敵に過ぎない。


「そんなに身構えないで。ただ、あなたと話がしたいだけよ」


「なんの話だ?」


「ちょっと、ここで話すのは気が引けるわ。屋敷内だと、誰が聞き耳を立てているか、わからないでしょう?」


「ああ、確かにそうだな」


 その点に関しては、彼女に同意だった。

 既に遺産を巡る争いは始まっている。

 話を盗み聞きして情報を盗むなんてことは、この家の連中なら誰でもするのだ。


「場所を移しましょう。ついてきて」


 僕は彼女について行き、屋敷の外へ出た。

 夜なので外は真っ暗だったが、彼女が持っているランタンの明かりを頼りに、僕たちは歩いていた。

 そして、人のいない森の近くまで来た。

 崖際で風が強いが、風の音が、僕たちの会話の音を消してくれる。

 万が一尾行されていたとしても、話を盗み聞きされる心配はない。


「それで、話っているのは、なんだ?」


 僕は彼女に尋ねた。

 話を盗み聞きされる心配はないが、崖際で二人きりなので、警戒は緩めなかった。


「ふたつあるの。まずは、遺産のことについて。あなた、既にほかの誰かと手を組んでいるの?」


「……いや、まだ誰とも手は組んでいない。ほかの相続人を消すためにそうしようと考えたこともあるが、リスクも高いし、どうにも面倒だ。僕は、手っ取り早くあの女を消すのがいいと思っている」


「あら、そうなの。でも、それだと、一生暮らせるほどの額にはならないわよ」


「確かにそうだが、自分が殺されるリスクをいつまでも抱えてままというのも、気持ち悪いからな。なんだ? 僕と手を組もうと思っているのか?」


「実は、そうなの」


 彼女は笑みを浮かべた。


「冗談だろ? お前には、兄貴がいるじゃないか」


「そう、彼は完全に、私の味方よ。そこで、あなたが私たちと組めば、二対三になるの。お義母様とお義父様を葬れば、多額の遺産を手に入れることができるわ」


「お、お前を、信用しろってことか?」


「そうよ。私たち、昔からの仲でしょう。信用するには充分でしょう?」


「いや、お前は昔から打算的なところがあった。こんな状況になった以上、簡単には信用できない」


「そう、残念だわ。私、本当はダリルより、あなたのことが好きだったのに……。あなたも私に気があると思っていたけれど、勘違いだったのかしら」


「な、何を言っているんだ。どうせ、冗談だろう!? 僕をからかっているだけなんだろう?」


「じゃあ、冗談じゃないっていう証拠を、見せてあげる」


 彼女が、僕に接近してきた。

 すぐ目の前に、彼女がいる。


「ねえ、恥ずかしいわ。目を閉じて」


「ああ、わかった……」


 僕は目を閉じた。

 彼女の両手が、僕の肩に触れた。

 そしてそのあと、彼女の唇が、僕の唇に触れた。


 なんだ、この気持ちは……。

 ものすごい高揚感だ。

 兄貴から、アネットを寝取ってやったぞ。

 興奮が収まらない。


 体がふわふわする。

 思考は停止していた。

 浮遊感に包まれている。

 まるで大空を飛び回っているかのような胸の高鳴りを感じていた。


 あれ……、浮遊感というか……、僕の体、本当に浮いていないか?


 閉じていた目を開いた。

 アネットが高い位置から僕を見下ろしている。

 しかし、彼女が空を飛んでいるわけではない。

 僕が、崖から落ちているのだ。


 完全に油断してしまった。


 まさか、こんなことになるなんて思わなかった。

 こんなところで、僕の人生が終わってしまうなんて……。

 スージーを亡き者にして遺産を手に入れ、適当に遊ぶはずだったのに……。

 これからという時に、こんなことになるなんて……。

 争いは既に始まっていると意識していたのに、わずかに油断したことを後悔していた。


 僕が最後に見たのは、妖しい笑みを浮かべるアネットの姿だった……。


     *


 (※アネット視点)


「うまくいったわ……」


 私はダリルに報告した。

 まずは一人目。

 でも、これで終わらせるつもりはない。


「そうか……。じゃあ次は、私の番だな。父と母がいなくなれば、遺産は私たちの物だ」


 ダリルは笑みを浮かべた。


「ええ、そうね……」


 私も笑みを浮かべた。

 自分の本心は、決して悟らせないように……。

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