第6話

 私は逮捕され、牢屋に入れられてしまった。


 憲兵の股間を蹴り上げたのだから、これは当然の報いだ。

 しかし、私はなにも、憲兵が頼みを聞き入れてくれないことに苛立ち、股間を蹴り上げたわけではない。

 彼の股間を蹴り上げたのには、それなりの理由が存在するのだ。


 先述の通り、この憲兵の駐屯所の中には、憲兵のデスクから丸見えの牢屋がある。

 私はそこに入れられた。

 憲兵の目が光っているので、脱獄は不可能。

 しかし私は、脱獄する気など毛頭ない。

 なぜなら私からすれば、逮捕した者を閉じ込めておくこの牢屋は、遺産を狙う者から守ってくれる鉄壁の要塞に等しいからだ。


 そして、私はその鉄壁の要塞の中に身を置くために、憲兵の股間を蹴り上げたのである。

 すべては、計算通りだったのだ。

 まあ、股間を蹴り上げるのはやり過ぎたかもしれない。

 しかしたとえば、ちょっと小突くくらいだったら、注意をされるだけで終わりかもしれない。

 私はどうしても、牢屋の中に入る必要があった。

 そのために、小突くくらいでは生温いと考えた結果、股間を蹴り上げるという結論に至ったのである。


「貴女にはしばらく、この牢屋で生活してもらいますからね」


 先ほど私が股間を蹴り上げた憲兵が、柵越しに私に話しかけてきた。

 股間を押さえて前かがみになりながら。


「あのぉ、女性の前でそのような姿勢は、紳士としてはいかがなものかと思いますよ」


「いったい誰のせいだと思っているんですか」


 彼は私の方を睨んできた。


「あはは、冗談ですよ。そんな怖い顔しないでください。……あの、本当に、申し訳ありませんでした。私も好んであなたの股間を蹴り上げたわけではないのです」


「ええ、わかっていますよ。この牢屋に入ることを、狙っていたのでしょう? 貴女の計算通りだとわかっていても、我々はこうするしかありませんからね。まあ、安心してください。ここにいれば、命を狙われる心配はありませんよ」


「股間を狙われる心配もありませんしね」


「まったく貴女は……、馬鹿なのか賢いのか……、まあ、おそらく馬鹿なんでしょうね」


 彼は少し笑いながら、牢屋から離れて行った。


     *


 (※アネット視点)


「ねえ、どうせあなたも、遺産のことは、諦めていないのでしょう?」


 ベッドの上で、隣にいるダリルに私は聞いた。


「ああ、もちろんだ。遺産を相続して好き放題生活できると思っていたのに、まさかこんなことになるなんて……。どんなことをしてでも、遺産を手に入れてやるつもりだ」


「それなら、私にいい考えがあるの」

 

 私は笑みを浮かべた。


「どんな考えだ?」


「問題は、遺産を山分けするから、一人の取り分が少ないということでしょう?」


「ああ、そうだな」


「だったら、山分けする人数を、減らせばいいのよ」


「ま、まさか、君は……」


「ねえ、私の計画、聞いてみる気はある?」


「ああ、聞かせてくれ」


 ダリルはにやりと笑った。

 どんなことをしてでも遺産を手に入れたいという気持ちは、私も彼も同じだ。


 私は彼に、遺産を手に入れる計画を話し始めた。

 それが、自身の破滅へとつながることも知らずに……。

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