第5話

 まだ、私の安全が確保されたわけではない。


 予防線は張ったけれど、まだまだ油断できない。

 なぜなら、あの家の人たちは普通ではないからだ。

 遺産を相続するのが私だと言われた時、みんなが見せた表情が忘れられない。

 

 あれは、遺産を相続できなくて、悲しみに暮れている表情ではなかった。

 明らかに、遺産を相続した私に対する怒りの表情だった。

 そしてその目には、殺意が宿っていた。

 あの目を思い出すと、今でも体が震える。

 彼らなら、少々額が少なくてもなりふりかまわず、遺産を手に入れるために行動するかもしれない。


 自分の身を守るために、何か、対策を建てないと……。

 思考の末、私はあるアイディアを思い付いた。

 それは、憲兵に護衛してもらうというものだ。

 まあ、順当なところではある。

 私はさっそく、憲兵の駐屯所へ向かった。


 この町は小さいので、憲兵の駐屯所も、一か所しかない。

 しかも、その駐屯所に勤める人は少なく、駐屯所自体も小さい。

 建物内は、憲兵たちのデスクがある部屋が一つあるだけで、その部屋の端っこに、逮捕した者をしばらく閉じ込めておくための牢屋がある。

 この牢屋は一時的に閉じ込めておくためのもので、いずれは街の牢獄へと移送される。


 駐屯所に着いた私は、さっそく憲兵に護衛を依頼した。

 私の抱える事情を説明して、守ってほしいと頼んだ。

 しかし、返ってきた答えは……。


「いえ、それはちょっと、引き受けることはできません」


「え!? どうしてですか!? 命を狙われているんですよ!」


 護衛を引き受けてもらえないという言葉に、私はショックを受けていた。


「いえ、その……、遺産を巡る争い? それは、貴女のただの、被害妄想なのではないでしょうか?」


「そんな! 被害妄想なんかじゃありません! あの目は、明らかに殺意が宿っていました!」


「つまり、何も証拠はないのでしょう? それでは、引き受けることはできません。我々も暇ではないのです。少ない人数で、この町のあらゆる事故、事件に対処しなければなりません。ですから、まだ起こってもいない事件で、しかも根拠も何もないのに、護衛というのは、申し訳ないのですが、できません」


「そんな……」

 

 私は絶望していた。

 このままだと、私はいずれ殺されてしまう。

 私が死んでしまえば、今私が抱えているこのシェリーちゃんは、あの狂人たちの住む家に引き取られてしまう。

 そんなの、絶対嫌だった。

 私はシェリーちゃんのことを、おじいちゃんに頼まれたのだから。


 こうなったら、手段を選んでいる場合ではない。

 護衛は断られたけれど、憲兵に護衛してもらう手段は、実は頭の中ですでに浮かんでいた。

 ただ、実行するのに、多少の勇気が必要というだけだ。

 しかし、今ここで行動しなければ、手遅れになるかもしれない。


 私は、勇気を振り絞った。


「あの、もう一つ、言っておきたいことがあるのですが……」


 私は目の前にいる憲兵に言った。


「なんですか? 護衛の件なら、何度頼まれても──」


 憲兵の言葉は、途中で止まった。

 なぜなら、私が彼の股間を蹴り上げたからだ。


 床に膝をつき、もだえ苦しむ彼を見て、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「これは、明らかに暴行だ! 貴女を、暴行罪で逮捕する!」


 目の前にいる憲兵は、膀胱を押さえながらそう言った。

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