第4話

「おい! どういうことだ!? どうして遺産が、こいつに相続されるんだ!?」


 お義父さまが騒ぎ始めた。

 自分たちが相続すると思っていた遺産が相続されず、私に相続されることになったのだから、黙っていられなかったのだろう。


「そうだ! こんなのおかしい! なにかの間違えだ!」


「兄貴の言う通りだ! どうして僕たちが、遺産を相続できないんだ! どうして、こんな女に相続なんてさせるんだ!」


 ダリルとグリフも騒ぎ始めた。

 二人とも、ものすごい形相でこちらを睨んでいる。


「そうよ! こんなのおかしいわ! ラフレーム家の者しか、遺産を継げない決まりでしょう!?」


 お義母様が顔を歪ませながら言った。

 確かに、そのような決まりがあるから、遺産を相続するのは自分たちだと思っていたのも、無理はない。


 そして、アネットは、あまりのショックに、放心状態だった。

 彼女自身がもらえないにしても、婚約者であるダリルが遺産をもらえると思っていたから、よほどショックなのだろう。

 彼女の目は、普通ではなかった。

 何を考えているのかわからず、とても恐ろしかった。


「皆さん、落ち着いてください」


 弁護士がなだめるように言った。

 皆が再び、彼の方を向いた。

 そして彼は、説明を始めた。


「確かに相続するのはスージーさんと言いましたが、正確には、少し違うのです」


「どういうこと!?」


 彼の言葉を聞いたみんなは、混乱している様子である。

 私自身も、何が何だか分からなかった。


「正確にいえば、遺産を相続するのはスージーさんではなく、シェリーさんです」


「……はあ!?」


 ダリルの間抜けな声が、部屋中に響き渡る。

 皆の視線が、私の方へ、否、私が抱きかかえているシェリーちゃんへ集まった。

 シェリーちゃんは、名前を呼ばれたからなのか、ニャーと一言だけ発した。

 彼女はこの場にいる誰よりも、お金持ちになったのである。


 そして私は、あの手紙に書かれていた意味が、ようやくわかった。

 手紙にの内容は、私にこの屋敷へ来いというものだった。

 そして、来る際には、必ずシェリーちゃんもつれてくるように、と書かれていた。

 今までその意味が分からなかったけれど、遺産を相続する権利があるものを、全員集める必要があったということね……。


 まさか猫でも遺産を相続できるなんて、普通は思わない。


「ラフレーム家の遺産は、家族の者しか相続できない。そのような決まりが、この家にはありますね」


 弁護士は呟くようにそう言った。

 そして、説明を続ける。


「まあ、その決まりもべつに、法律で決められているわけではなく、単にこの家の風習だというだけなのですが、彼はその決まりを律儀に守ったわけです。だから、家族である猫に、遺産のすべてを相続させたのです。彼はこう言っていました。この家の者たちは、自分のことを、金を落とす木だとしか思っていないと。あなたたちは、誰も働きもせず、また、彼の世話もろくにせず、ただ遺産が転がってくるのを待っていただけ。しかも、この屋敷に迎え入れた婚約者を、ありもしない噂や嫌がらせで追い出した。そんなあなたたちには、遺産を渡す気にはなれないと、彼は言っていました」


「そ、そんな……」


 グリフは、それ以上言葉が続かなかった。

 弁護士が淡々と述べた事実が、受け入れられないのだろう。


「だから彼は、家族であるシェリーさんに全遺産を相続しました。そして、その遺産を使う権利がある者は、彼女の親権を持つスージーさんだけなのです。説明は、以上で終わりです」


 彼は立ち上がった。

 もう自分の役目は終わったので、帰るのだろう。

 私も立ち上がった。

 敵意むき出しの人たちがいるこの部屋にはいたくなかったので、この流れに乗じて退出しようとした。

 しかし……。


「待ちなさい!」


 そう叫んだのは、今まで黙っていたアネットだった。

 彼女の声を聞いて、彼と私は立ち止まった。


「これは、シェリーの親権を持つ者が死んでしまった場合は、どうなるのですか?」


 アネットのその言葉を聞いて、私はぞっとした。

 彼女の目をうつろで、とても恐ろしかった。

 まさか、彼女は……。


「遺書には書かれていませんが、もしそのようなことになれば、シェリーさんはこの屋敷に住まわせることになるでしょうね。この家の誰かが、彼女の親になります。ついでに言っておきますが、シェリーさんが亡くなった場合は、親であるスージーさんに十分の一ほどの遺産が相続され、残りは寄付されます。このことは、遺書に記されています」


「つまりシェリーが死んでも、僕たちには何の得にもならないということか」


 グリフが呟いた。

 彼からは、とんでもない悪意を感じた。


「まあ、スージーが死んだ場合は、私がシェリーの親になって、家族全員で遺産を分けることにしよう」


 お義父様はそう言った。

 彼の目には、明らかに私に対する殺意が宿っていた。


 えっと……、ちょっと待ってください。

 なんだかこれ、私が死ぬ流れになっていませんか?

 彼らは、私を亡き者にしようとしていますよね?

 あぁ、何か対策をしないと……。

 えっと……、あ、そうだ!


「あのぉ、もし私が死んでしまった場合ですけれど、親権が譲渡されて、事実上誰かが遺産を相続する場合は、税金とか引かれないのですか?」


 私は弁護士に質問した。


「その場合は、半分が税金として国へ渡りますね。そのあと、残りをさらに、ご家族で分けることになります」


「なるほど……。ということは、一人の取り分は、かなり少なくなりますよね? 遺産がさらに半分になって、それをこの人数で分ければ、一人の取り分なんて、たかが知れています。、それほど皆さんの得にはなりませんね」


 とりあえず、予防線を張っておいた。

 私を殺したとしても、それほど取り分が多くはないと意識させておけば、損得勘定が働いて、馬鹿な真似をしないはず……。


「それでは私は、失礼します」


 弁護士が立ち上がった。


「私も失礼します。それではみなさん、ご機嫌よう」


 私は再び訪れた退出の機会を見逃さなかった。

 さて、これで恐らく、遺産を巡って私が殺されるという心配はなくなったと思いますが、果たしてどうなるでしょうか……。


     *


 (※アネット視点)


 弁護士とスージーが退出して、しばらくが経過した。


 部屋は、重苦しい空気に包まれている。

 まさか、この家の者が、誰も遺産を相続できないなんて、そんなことになるとは思わなかった……。


 私の計画が、すべて水の泡だわ。


 この家の遺産が目当てで、私はダリルに近づいた。

 そして、そのために、邪魔者のスージーを追い出した。

 ようやくダリルと婚約できたのに、まさかこんなことになるなんて……。


 それに、スージーの言うことにも一理ある。

 彼女を殺しても、ほとんど特にならない。

 税金で半分がなくなり、そのあと人数分で割れば、一人の取り分は少ない。

 それなりの大金には違いないけれど、人を殺してまで得る分にしては、少なすぎる。


 それなら、どうすればいいのか。


 私は自分の中で、既にその答えを出していた。

 税金で半分を失うのは仕方がない。

 でも、そのあとみんなで分けるのは、人数が少なければ少ないほど、私の取り分は多くなる。

 何人か減らせば、一生遊んで暮らせる額を得ることができる。


 バレないように、人数を減らそうかしら……。


 私は自分のその考えに、思わず笑みを浮かべていた。

 実行する価値は、充分にある。


 しかし、この時はまさか、あんなことになるなんて、想像すらしていなかった……。

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