第2話

 おじいちゃんから頼まれたこと、それは、シェリーちゃんの面倒を、私に見てほしいというものだった。


 シェリーちゃんというのは、おじいちゃんに大層可愛がられているメス猫である。

 メス猫というと、泥棒猫的な響きに聞こえてしまうかもしれないけれど、小動物である猫の性別が雌という以上の意味はない。


 さて、シェリーちゃんはおじいちゃんとよく一緒にいるので、私とも仲がいい。

 屋敷の誰にもなついていないけれど、私にだけは、とても甘えてくる。

 そんなシェリーちゃんの面倒を見てくれと、おじいちゃんは頼んできたのだ。


「でも、おじいちゃん……、どうしてそんな頼みごとを……」


 私は当然の疑問を口にした。

 そして返ってきた答えは、悲しい理由だった。


 おじいちゃんは、自分の死期が近づいていることを悟っていた。

 そして、自分が死んでしまったら、シェリーちゃんの面倒を見る人が、この屋敷には誰もいないということもわかっていた。


 屋敷のみんなは、誰もシェリーちゃんの世話なんてしない。

 それどころか、質の悪い悪戯をシェリーちゃんにすることもあった。

 もし、おじいちゃんがいなくなれば、そんな屋敷で一人ぼっちになったシェリーちゃんがどういう目に遭うのかは想像に難くない。


 だからおじいちゃんは最後に、私にこんな頼みごとをしてきたのだ。


「わかったわ、おじいちゃん。シェリーちゃんのことは、私に任せて」


 ということで、私がシェリーちゃんを引き取ることになった。


 私は屋敷を出ようとしたが、グリフに呼び止められた。


「スージー、聞いたよ。兄貴に婚約破棄されたそうだな。はは、いい気味だ。僕は最初から、お前のことが気に入らなかった。財産目当てで兄貴に近づいたお前がな」


「いえ、ですから、私はそんなこと……」


「それよりも、なんだ、その猫は? まさか、ジジイに押し付けられたのか? ジジイが死ねば僕たちは遺産をもらえるが、お前は猫を押し付けられただけ。こいつは笑えるな」


 彼は高笑いし始めた。

 私はべつに、世話を押し付けられたわけではない。

 それに、なんとことを言うの……。

 自分の祖父の死期が近いことを、まるで彼は喜んでいるみたいだわ。


 いや、彼だけじゃない。

 この屋敷にいるみんなは、その時が来るのを、今か今かと待ち構えている。

 そんな人たちしか、この屋敷にはいないのだ。

 私のことを財産目当てだと散々罵ってくるけれど、財産のことしか頭にないのは、彼らの方なのだ。


「私は、お金なんていりません。シェリーちゃんだって、おじいちゃんから頼まれたんです。決して、押し付けられたわけではありません」


「そうか、そうか……、負け惜しみを言うことしかできないなんて、惨めだな。本当は、財産をもらえなくて悔しいんだろう? そんな猫を押し付けられて、苛立っているんだろう? 負け組が負け惜しみを言っているところを見るのは、実に愉快だ。その姿が見れなくなるのは、残念だよ」


 屋敷を出ようとしていた私は、そのまま屋敷に戻ろうとしているグリフとすれ違いそうになった。

 またぶつかってくるのではないかと思い、私は力を入れていた。

 案の定、彼はニヤつきながら私にぶつかってくる。

 しかし、私に接触することはなかった。

 その前に、私が抱きかかえていたシェリーちゃんが、彼に猫パンチをお見舞いした。


「うわぁああ!! 僕の美しい顔に、なんてことするんだぁああ!!」


 彼は顔を押さえてのたうち回っていた。

 ナイス、シェリーちゃん。

 私はそのまま屋敷を出て行くことにする。


「さようなら、親のすねをかじっているお坊ちゃん。来世ではもう少し、まともになるといいですね」


 どうせ会うのは最後だから、私は今まで我慢していた分、本音を言った。

 これで、少しはすっきりした。

 そして、私は軽い足取りで屋敷をあとにした。


 しかし、彼に会うのは、これで最後ではなかったのである。


 数か月が経過した。


 おじいちゃんは、この世からいなくなった。

 老死で、最後は眠るように亡くなった。

 悲しい。

 悲しいけれど、こればかりは仕方がない。

 

 さて、私の元へ、一通の手紙が届いた。

 なんと、おじいちゃんが雇っていた弁護士からである。

 いったい何事だろうと思い、私は手紙の内容に目を通した。

 そこには、遺産の分配をするので、ラフレーム家の屋敷に来いという内容が書かれていた。


「えっと……、なんで、私が呼ばれるの?」


 当然、その疑問に行きつく。

 私には、遺産を相続する権利はないはず……。

 そんなのは当然のことだ。

 ラフレーム家の婚約者なら、もらえる可能性もあったかもしれないけれど、私はもう、婚約者ですらない。


 それなのに、どうしてそんな私が呼ばれるの?


 あとは、私の婚約者を奪ってその彼と新たに婚約したアネットや、ラフレーム家のクズたち……、じゃなくて皆様が、遺産を相続する展開だと思っていた。


 私に嫌がらせをしてきた人達が、いい思いをするだけだと思っていた。

 でもそれが、まさかになるなんて、この時の私はまだ、想像すらしていなかったのである……。

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