第5話 秘密の部屋
赤坂先輩が部屋の奥に向かう。そこにも扉があった。右手の掌を壁の一部に押し付ける。扉がスライドして開いた。そこで立ち止まって振り返る。大井先輩と深川先輩が中に入った。外から伺った感じだとあまり広い部屋では無さそうだ。今さらながら男性の中に私一人という状況が気にかかった。
生徒会室の入口を振り返る。しかし、そこへ到達するには蒲田先輩を振り切らなくてはいけない。
「へ、変なことはしないですよね?」
蒲田先輩はポカンとした顔になった。
「はあっ?」
「だって、か弱い女の子を男の人4人で取り囲んでるんですよ」
「なるほど。そいつは盲点だった。だがなあ……」
実に心外そうな表情をする。
「色々と言いたいことはあるが、今はとりあえずこれだけを言っておこうか。もし太田さんが考えてるようなことを俺がする気なら、さっきいくらでもチャンスはあっただろ」
「さっきって、教室から連れ出されてここに来るまでの間ですか?」
「いや。その前さ。太田さんも薄々変だと感じてるんだろ。俺が黒い電話をかける前の話さ」
うーん。何で私の夢の中身を知っているんだろう? あれは現実だったってこと? そんなこと有りえない。
私が黙っていると表情を読んだのだろう。蒲田先輩は親指で奥の部屋を示す。
「太田さんが知りたがってることを向こうの部屋で説明してやる。ここじゃ、外に声が漏れるし、誰かに聞かれるかもしれないからな」
どうする、と促されて私は覚悟を決めた。
部屋の奥に行くと赤坂先輩が愉快そうな顔をして私達を見ている。近寄って始めて分かったけど、赤坂先輩の瞳の色は
小部屋は薄暗く10畳ほどの大きさだった。壁や天井自体がごく僅かに発光している。大きなビーズクッションがいくつか置いてあるだけの殺風景な部屋だった。先に入っていた二人と私に続く二人に前後を挟まれるようにして私は立つ。扉が閉まると、先ほどまでの楽観的な気分が消え去り、急に心の中に不安が首をもたげてきた。
部屋の中にいるのは雰囲気や背の高さ、髪の毛の色まで個性に富んでいるけれど、いずれ劣らぬイケメンぞろい。何も私のような平凡な女の子を相手にしなくても、向こうからホイホイ寄ってくる美女には事欠かないだろうと高をくくっていた。でも、世の中には蓼食う虫も好き好きという言葉もある。どうか悪食じゃありませんように。
胸の下で腕を組み不安を押し殺して蒲田先輩に向き直る。
「それじゃあ、説明して貰っていいですか?」
蒲田先輩が口を開こうとすると後ろから声がかかった。
「その前に私達に、その子に話をして大丈夫だということを納得させる方が先じゃないかな」
振り返ると深川先輩が思慮深そうな目で私を値踏みしている。
「蒲田が早とちりしていた場合、話をしてからだとその子の口封じが面倒だ。蒲田はおつむの方は名は体を表すとはいかない男だからな」
光量が少なすぎて表情が良く分からなかった。なんか蒲田先輩ディスられてません?
反発して大きな声を出すかと想像していたが、蒲田先輩は鼻を鳴らすだけだった。
「くどくど俺が話すよりもっといい方法があるぜ。太田さんの手を握ってみろよ」
ちょ、ちょ、ちょっと待って。いきなりなんてこと言いだすんですか。衆人環視の中で手を握られるなんて何の罰ゲームなのよう。
「じゃあ、生徒会長会長の特権で僕から先にやらせてもらうよ」
赤坂先輩がすっと前に進み出る。組んでいた腕をほどいて制止しようと私が腕を前に出すと、無造作に私の右手を握った。
「ん? 何も……。いや、確かにこれは変だが……」
首を傾げる赤坂先輩に、ほら見たことかという感じで深川先輩が声を出す。
「おい。蒲田。先輩は何も……」
「会長。左手です」
赤坂先輩は右手を離すと私の左手を握った。
「おおっ。これは凄い。確かにこれは騒ぐだけの価値があるな」
そっと掴んでいただけの指を組みなおしてお互いの指がからみあうように赤坂先輩は私の手を握る。喉ぼとけが動き、赤い舌がちろりと唇を舐めるのが見えた。ふっと一瞬眩暈に似た感覚が私を襲う。
「おっと、失礼」
赤坂先輩は組んでいた指をほどく。大井先輩、深川先輩が順に手をつないだ。
「なるほど」
「そんな。これだけの量とは信じられない」
ううう。恥ずかしい。薄暗いから私の顔色が分からないよね? 何かで見た握手会のアイドルは、なんてことはなさそうな顔をしてこなしていたけど、これはキツイ。なんかどっと疲れが出た気がしてくらっとした。
「大丈夫か?」
かくんと膝がくずおれそうになるのを深川先輩が支えてくれる。
「深川くん。太田さんを床に座らせてあげてくれないか。うん、それでいい」
床は何か変わった材質だった。これはガラス? ビーズクッションにちょこんと座った私は四人を見上げる形になった。蒲田先輩は深川先輩にどうだ、というように得意そうな顔をしている。
赤坂先輩が私に向かって軽く頭を下げ、周囲を見回す。
「じゃあ、皆も太田さんにこれから説明することに賛成でいいね。あ、明石には後で僕から説明するよ。彼も異議は唱えないだろう。そうだ。蒲田くん。どうやって太田さんの力に気が付いたんだい?」
「今日は俺が当番だったでしょ? 深淵に降りた者が居るってアラームが鳴って、駆け付けたら、そこに太田さんが居たんです。中型弐種に襲われてるとこでした。助けようとしたら成り行きで。お陰で助かりましたよ。先日の出動のせいで力切らしてたんで。トンファー無しだと厳しかったから」
「まさか無手で突っ込んで行ったのか?」
呆れたように赤坂先輩が言う。
「相変わらず直情径行の脳筋め。何かあったらどうするんだ?」
深川先輩は怒ったような声を出した。
蒲田先輩は後頭部をかく。
「単に迷子になったのが居るんだろうと思ってて。すいません」
頭上の会話はなんのことかさっぱりだ。私はよいしょと起き上がり、スカートを手で払う。
「あの。それで、私に説明して貰えるという話はどうなったんでしょうか?」
「無理して立つことは無いよ」
「もう平気です。それより私にも分かるようにお話をお願いします」
「ああ。そうだね」
赤坂先輩はポケットからスマートフォンを取り出した。すっすと画面をスライドしてタップする。低い音がして部屋全体が明るくなった。四方の壁、天井、床に風景が映し出される。有明秀明館の校舎と校庭だ。物凄い臨場感で本当にその場に居るんじゃないかと錯覚しそうになる。
赤坂先輩が指を動かすと、ぐうっとズームアウトする。まるで空を飛んでいるかのように東京湾を見下ろしていた。
「一般には知られていないけれど、実は僕らの世界は攻撃を受けているんだ。別世界からね」
はい? 先輩ってば、頭おかしくなっちゃった?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます