第4話 生徒会室

 周囲の空気ががらっと変わる。女子生徒はあからさまに不審そうな目を向けて来るし、男子生徒も好奇心を隠せていない。蒲田先輩と私のことを遠巻きにチラチラと見ていた。そんなことより、先輩を今まではっきり認識してなかったのはなぜなのかな。そうか特進クラスのA組だからか。


 この学校のことをあまりよく分かっていない私でも、各学年のA組が特別だというのは知っていた。学年の上位15%の生徒が在籍する特別進学クラスは教室も他のクラスとは別棟にある。そして、A組在籍者が、残りの組のクラスがあるこの棟にやって来ることはほとんどない。でも夢に出てきたってことはどこかでチラ見ぐらいはしてたってことか。


「ええと。これから帰ろうと思ってたんですけどぉ……」

 注視される居心地の悪さに小さな声を出してみる。どうかこのまま帰らせてほしい。授業中に変な夢を見ちゃったし、今日は家に早く帰ってゲームをやりたいんです。お願いします。念を込めた。


 蒲田先輩は精悍な顔に笑みを浮かべる。

「なあに。時間は取らせないよ。ちょっと生徒会室に行っておしゃべりするだけだ」

 私にはこんな顔面偏差値の高い方とお話しする内容がございません。スマホの画面の中ならいいけど、リアルに対面すると緊張しちゃって何を話していいものやら。


「どうしても行かなきゃダメですか?」

 見逃してください。

「ダメ」

 蒲田先輩は片目をつぶる。うわあ、イケメンにウィンクされちゃった。こんなこと実際にする人間っているんだ。心臓に悪いや。うう、仕方ない。

「分かりました」


 返事をすると蒲田先輩はきびすを返して教室を出て行く。仕方なく私は後を追いかけた。心なしか女性のクラスメートの視線が痛い気がする。これって自意識過剰? いやそんなことはない。市中引き回しの刑になっている罪人の気分で扉まで歩いて行った。この者凡女の分際でイケメンに誘われた罪により市中引き回しの上、打ち首獄門。


 私の頭の中がぐるぐるする。夢だけど夢じゃなかった? どこかで聞いたようなフレーズがこだました。外で待っていた蒲田先輩の側に行く。大股で力強く歩く先輩の半歩ほど下がった後ろをついていった。通り過ぎる各教室からも奇異の視線を向けられる。どうもサーセン。お騒がせしております。


 心の中で詫びながら小走りで歩いていると前から声が降ってきた。

「お前の名前は?」

 なんか急に腹が立ってくる。こんな見せ物みたいになっているのは誰のせいだと思ってるの? そりゃ夢の中で助けて貰ったけどさ。


 気が付いた時には声が出ていた。

「人に名前を尋ねるときは先に名乗るもんでしょ」

 あちゃあ。やっちゃった。母から厳しく言いつけられている言葉がついつい出ちゃった。まあ、名字はさっきのクラスメートの声で知ってますが。


 蒲田先輩はぷっと笑う。

「ああ。そうだな。俺は2年の蒲田信厚だ。地名の蒲田に信頼が厚いと書く」

 素直に答えられちゃうとなんだか凄い罪悪感。これじゃ、私が超勘違い女って感じじゃない。


「私は太田千鶴です」

 返事を聞いているのかいないのか蒲田先輩はどんどん歩き階段室まで来た。夢の中の記憶がよみがえって頬が熱くなる。そういえばあの時は担ぎ上げられたんだった。手が添えられていた腿が熱を帯びた気がする。


 蒲田先輩はさっさと階段を下りていくので私も続いた。階段を降り切って昇降口を通り過ぎ、さらに突き当りまで廊下を進む。自動ドアがさっと開いた。短い渡り廊下の先に別棟が見える。別棟の自動ドアを通り過ぎて廊下を歩いていく蒲田先輩の陰に隠れるようにして進んだ。


 時おり蒲田先輩の名を呼んだり挨拶する生徒が、後ろに続く私を見る。顔に浮かぶのは怪訝そうな表情。例えるなら、学校内をペンギンが歩いているのを見るような。へへへ、と愛想笑いを浮かべてやや俯き加減についていく。

「ここだ」


 顔を上げると扉の横には生徒会室の文字が見えた。蒲田先輩は扉の右横の壁についている薄い箱に左手首を近づける。ピッピッピ。電子音が鳴り、人工っぽい音声が流れた。

「認証しました」


 蒲田先輩が扉の表面に触れると横にスライドする。ここも自動ドア。豪華だなあ。誰でも入れるわけではなさそうだし、一体この向こうには何があるんだろう? 気おくれと好奇心がせめぎ合う。振り返った蒲田先輩が入ってこいというように首を横に傾げた。


「失礼しま~す」

 目の前には目隠しの衝立があり、その向こう側に回り込む。3人が長机を前にして座っていた。いずれも本校のブレザーを着ているので生徒なのだろう。3人が私たちの方に顔を向ける。うわっ眩しい。タイプはそれぞれだがいずれも整ったお顔が、なんだコイツという顔をしてこちらを見ていた。


「蒲田。なんだソイツ?」

 一番手前に座ってペンを手にしていた男の人が声をかけてくる。

「連絡なしに部外者を連れてくるなって言われてるのを忘れたのか? だから鳥頭って言われるんだよ」


 ああ、なんか既視感があると思ったら蒲田先輩の髪型はオウムの一種のキバタンっぽいんだ。なるほどそれも掛けて鳥頭。ぷ。ツボにはまって思わず声が漏れてしまう。蒲田先輩はジロリと私を睨んだ。ヤバ。何か言われるかと思ったら、声をかけてきた男の人に向き直って唸り声を出した。


「ああ? 誰が鳥頭だって? 深川。うるせえよ。緊急事態だよ緊急事態」

 蒲田先輩の声が聞こえないかのように、深川と呼ばれた男の人は流れるような動作で立ち上がる。

「怒鳴るな。こちらのお嬢さんがびっくりしているじゃないか」


 深川先輩は軽く頭を下げる。

「私は2年生の深川智也といいます」

 いかにも頭の良さそうな涼やかな先輩の目元から私は視線を下げ、胸もとあたりを目掛けて名乗った。


「太田さんか。入学早々にガサツな男に拉致されて気の毒だったね」

「私が新入生って分かるんですか?」

「もちろん。この騒々しい蒲田にくっついて来るんだ。在校生ならそんなことはしないはずだからね」


「おい。深川。それじゃまるで俺が悪い奴で、下級生を騙して連れてきたように聞こえるじゃねえか」

「おや。そんなつもりは無かったんだがね」

 深川先輩は人の悪い笑みを浮かべる。


 蒲田先輩が掴みかからんばかりの姿勢を示すと一番奥に座っていた男の人が声をかけてきた。

「蒲田くん。深川くんとじゃれ合うのもいいが、緊急事態じゃなかったのかい?」

 キャップを被った男の人の声に蒲田先輩はプイと深川先輩から視線を外す。


「こいつが余計なちゃちゃを入れて来るから。まあいいや、赤坂先輩、奥の部屋で説明しますよ」

「なるほどね。本当に大事なわけだ」

 赤坂先輩は、よっと言って勢いをつけて立ち上がった。驚いたことに背はあまり高くない。


「大井。隣に行くぞ」

 声をかけられた最後の男の人は手にしたスマートフォンから目を離さない。赤坂先輩がスタスタやってくると大井先輩の耳からイヤフォンを引っこ抜いた。

「ほら、行くよ」


 明るい栗色で黒縁の眼鏡をかけた大井先輩は面倒くさそうに立ち上がる。

「はいはい」

 じろりと私の方を見た。えええ。そんな。お前のせいだって顔やめて欲しいんですけど。私もどういうことか良く分からないし。

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