第13話:あなたしかいない
彼と付き合って二年半。彼が大学を卒業した。卒業式が終わり、家に帰ると、俺は彼に一輪の真っ赤な薔薇を渡した。
「わぁ……卒業祝いですか? ありがとうございます」
「あー……うん、それもあるんやけど……」
「?」
「薔薇の花言葉って知っとる?」
「この薔薇は赤なので……『情熱』ですかね」
確かにそれも間違いではない。
「……なんで数ある中でそれチョイスするねん。他にもあるやろ。恋人に送るに相応しいやつが」
「あはは……すみません。分かってはいるんですけど、口にするのはちょっと恥ずかしくて。大丈夫です。伝わってます。ありがとう。ハルくん」
そう言って彼は少し照れ臭そうに笑う。相変わらず可愛い笑顔だ。夜とのギャップがずるいなと花を飛ばすような柔らかい笑顔を見るたびに思う。
「……まぁ、伝わったんならええわ。ちなみに、本数にも意味があるんやけど、分かる?」
「あぁ……えっと……一本は『一目惚れ』……でしたっけ」
「いや、それもあるけど。わざとやっとるん?」
「えっと……他に意味ありましたっけ」
首を傾げる彼。どうやら本当に分からないらしい。
「それはほんまにわからへんの?」
「はい」
「……そうか。まあええわ。とりあえず、もう一個渡すもんあるから……先にそっち渡す。ちょっと、左手出して」
「左手?」
「うん。で、目閉じて」
言われた通り左手を出して目を閉じる彼。あらかじめ買っておいた銀色の指輪を取り出し、彼の左手中指に通す。金属の冷たい感触に驚いたのか、彼はびくりと飛び跳ねた。瞼が微かに震える。
「……うん。ぴったりやね。目開けてええよ」
彼がゆっくりと瞼を開く。視線は左手の薬指に向けられ、そして俺の方へ。今にも涙がこぼれ落ちそうなほど潤んでいた。
「……一輪の薔薇のもう一つの意味は『あなたしかいない』……ここまで言えば鈍感なあんたでもわかるよな?」
「……分かりません」
「嘘つけ」
「察してくれなんて酷いです。大事なことなんでしょう?」
「……はぁ。わかったよ。ちゃんと言う」
「はい。お願いします」
「俺らは同性同士やから、法的な結婚は出来へん。やけど……せめて、形だけでも、プロポーズさせてほしい」
「はい」
「……愛してる。これからもずっと一緒に居てくれ。幸人はん」
「……はい」
「あと……」
「はい」
「えっとな……お金貯めて、俺が三十になるまでに結婚出来へんかったら、結婚出来る国に移住しようと思うとるんよ。まだ予定なんやけど、もしそうなったら、着いてきてくれる?」
「……はい。君が望むなら、僕はどこまでもついていきます」
「……うん。おおきに。これからもよろしくな」
「はい。……こちらこそ、よろしくお願いします」
頭を下げて、顔を上げた次にはもう、涙がぽろぽろと零れ落ちる。俺も釣られて泣きながら、彼を抱きしめた。
「ふふ……君の指輪も買いに行かなきゃいけないですね」
「……うん」
「今度買っておきます」
「忘れんなよ」
「忘れませんよ。少し待っててくださいね」
「うん。待っとる。指輪、肌身離さずつけといてな」
「はい」
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