第12話:本当の夢
彼と暮らし始めて数ヶ月経ったある日のこと。彼が「これ、見ても良いですか?」と目を輝かせながら一冊の本を持ってきた。中学生の頃の卒業文集だった。
「……まぁ、ええよ」
卒業文集には、夢を綴った。だけどそれは、建前の夢だった。本当の夢は誰にも話せなかった。彼に打ち明ける良い機会だと思い、打ち明けた。
「俺な。小説書いとんよ。趣味で」
「……読ませてもらっても?」
「うん。ええよ。あんたに読んでほしい。あ、未公開の部分はまだ読まんでな」
「はい。では、拝読させてもらいます」
「拝読て。お偉いさんに企画書渡しとるみたいで余計緊張するわ……」
当時書いていたのは、異性愛者を自認していたホモフォビアな男性が、ゲイに恋をしたことをきっかけに自身の差別心と向き合う物語。この物語の結末は既に決まっていた。だけど、最終回までの過程で煮詰まっていた。生きている間には書き上げると決めていたが、一向に物語が進まないまま数ヶ月が経っていた。それでも、どうしても筆を折れない理由が一つあった。
「世の中男女の恋愛物語ばっかやん。で、俺はそれを頭ん中で男同士に置き換えることで楽しんどったんやけど、ある日気づいたんよ。そんなことせんでも俺が自分で書けばええんやって。それで、好きな恋愛ドラマを男同士に変換した物語を書き始めたのがきっかけ。いつか、俺の描いたBL小説が映像化するのが夢なんや。まぁ、これはちょっとBLというかヒューマンドラマやけど」
「……素敵な夢じゃないですか」
「……夢のまた夢やけどな」
「諦めるんですか?」
「……まぁ、半分な。そもそもあんま読まれへんし。やけど……毎回毎回、俺の作品に熱心にコメントくれる人がおってな。この人、俺の作品に救われた言うてくれたんよ。やから、映像化は諦めても、書くことはやめられへんのよ。俺の物語に救われたと言ってくれる人がいる限り、書き続けたい。それが、俺の今の夢。欲を言えば、映像化して、もっと広く伝えたい。ゲイであることで堂々としとってええんやでってな」
いつもコメントをくれるカナエさん。年齢も性別も顔も声も分からないその人のコメントが、どうしても筆を折れない理由だった。励みであり、呪いでもあった。
「……全く君は。どれだけ人を救えば気が済むんですか」
「同性愛者が同性愛者であるだけで絶望する必要のない世界になるまで気が済むことはあらへんよ」
俺がそういうと、彼は唇を尖らせる。拗ねているその姿がたまらなく愛おしくて、抱きしめる。
「心配せんでも、俺が恋愛的な意味で愛してるんはあんただけやで」
「……知ってます」
「ほんまかー?」
「ほんまですよ」
「俺がモテすぎて誰かにとられるんちゃうんかって心配してへん?」
そうやって嫉妬心を煽っていると、彼は俺を立たせて寝室へ向かった。そして俺をベッドに座らせると、ゆっくりと押し倒した。
「怒ってはるん?」
「そうですね。なので、今日は優しく出来ません」
「せんでええよ。俺はあんたになら、何されたってかまへん」
「……なら、僕だけを見ていてください」
「浮気なんてせえへんよ。あんたの悲しむ顔なんて見たない。俺の隣で、一緒笑っとってくれ」
「妬かせようとしてるくせに」
「悲しむ顔は見たないけど、妬いとる顔は好きやねん」
「全く君は……悪い子ですね」
ふっと彼が笑う。とても怒ってるとは思えない優しく顔だった。
「せやで。やから、お仕置きしてや」
期待して待っていると、彼は俺の上から退いた。
「あ、あれ?」
「今日は何もしません」
「えぇー! なんでぇ!?」
「君には何もしない方がお仕置きになるので」
そう言って彼は意地悪く笑う。
「一人でせぇってこと?」
「それも駄目ですよ。我慢してください。君は悪い子なんですから。お仕置き、されたいんでしょう?」
「ガチギレやん……」
「煽って怒らせたのは君です。反省してください」
「……本当になんもせえへんの?」
「しません」
「……もう勃ってるんやけど」
「弄っちゃ駄目ですよ。陽希くん」
「ど、どういうプレイやねん……これ……」
その後、結局彼に「悪い子ですね」と叱られながら、一人ですることになり、最終的に抱かれた。
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