第9話:優しい恋人

 彼と付き合い始めて約一週間後のこと。九条から呼び出された。何を言われるかはなんとなく察した。


「東堂、先輩と付き合えたの?」


「おう」


「……そうか」


「……うん。ありがとな。九条。お前のおかげや」


「……俺さ」


「うん」


「……俺、東堂のこと好きなんだ。最初から、ずっと。堂々としているお前に憧れてた」


「知ってた」そう言いかけたところで「ちょっと待ってください」という声と同時に、幸人さんが物陰から飛び出してきた。


「ごめんなさい。たまたま聞いてしまって。その……東堂くん——陽希くんは僕の恋人なんです。だから……その……あの……好きになってしまったものは仕方ないと思うんですけど……えっと……」


 しどろもどろになってしまう彼がおかしくて、思わず吹き出してしまう。


「幸人はんのそういうところ好きやわ」


 俺がそう言うと、九条は俯いてしまった。申し訳なく思ってしまうと彼はため息を吐き、顔を上げて「彼のこと不幸にしたら俺、許さないですからね」と幸人さんに言う。


「安心せぇ。俺はこの人と付き合えて幸せやで。……おおきにな。九条くじょう。お前の気持ちには答えられへんけど……俺のこと愛してくれてありがとう。味方になってくれて、ありがとう。ほんまに、感謝しとる」


 俺がそう言うと、彼は泣きながら走り去っていった。幸人さんに出会わなかったら、俺は多分彼と付き合っていた。そう思うくらいには、彼のことも好きだった。それが恋にならなかったのはきっと、幸人さんに出会った後だったからだろう。


「上京して、初めて出来た友達があいつなんや。浮いてた俺に向こうから声かけてくれて」


「……そうなんですね」


「妬いてはるん?」


「……妬いてます」


「……じゃあ今日、うち来る?」


 誘うように、彼の耳元で囁く。彼は呆れたようにため息を吐いていたが、講義が終わると家に来てくれた。


「陽希くん。あんまり人に優しくしすぎちゃ駄目ですよ」


「心配せんでも、体を許すのはあんただけやで」


「……全く君は」


「ふふ……」


 嫉妬してくれるのが嬉しくてたまらなかった。彼になら、めちゃくちゃにされても良いと思った。だけど、嫉妬しても彼は優しかった。そんなところも好きだった。好きで好きで、たまらなかった。これ以上好きになれる人なんてきっと一生現れない。そう言い切っても良いほどに。

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