第8話:初めての朝

 朝。もぞもぞと動く気配がして、目が覚める。目の前には彼の頭。抱きしめて、彼の温もりを感じると、昨夜の幸せな時間は夢ではなかったのだと実感する。


「……はぁ……好きやわぁ」


 彼の指に指を絡める。愛を伝えてくれた指を、昨夜の記憶をなぞるようにゆっくりと撫でる。もう一度、あの夢を見たい。触れてほしい。恋をした時、触れたいと思うことがほとんどだった。触れてほしいと思ったのは初めてかもしれない。上手かったのは、やはり女性を抱いた経験があるからだろうか。そう考えると複雑な気持ちになり、彼の首筋に頭を埋める。すると、ぴくりと彼が微かに跳ねた。


「あ、あの、東堂くん……」


 彼の困惑するような声で正気に戻る。

 気まずい空気がしばらく流れた後、俺は寝返り打って彼に背を向けた。すると彼が動く気配がして、腕が腰に回される。昨夜を思い出して、どきどきしてしまっていると「僕も好きです。君のこと」と耳元で囁かれ、さらに心音が加速する。


「……聞いてはったん?」


「……聞かれたくなかったですか」


「……ううん。……俺のどこが好き?」


「君のことを噂で聞いてから、ずっと気になっていたんです。今まで、僕と同じゲイの人に会ったことなかったから」


「……意外とおるもんやで。みんな、隠れて生きてるだけで。やから、大丈夫。先輩は一人やあらへん」


 彼の方をこちらを向き直して彼を抱きしめる。抱かれている時は大きく見えたが、やはり小さい。可愛い。昨夜とのギャップがずるい。


「……怖かったんです。君に関わってしまったら、両親に押し付けられる幸せではなく、自分の幸せを求めてしまいたくなってしまうから。自分がゲイだと認めるのが、怖かった。だから、ずっと君を避けてました。けど……昨日、君が男性と一緒にホテルに入って行くのを見たら、気持ちを抑えられなくなって……」


「……先輩が俺の恋人になってくれるんなら、もうあいつとは会わへん。約束する。あいつも俺じゃなきゃあかんわけやないから。なんなら今、先輩の目の前であいつに電話かけて宣言したってもかまへんよ。恋人出来たからお前とはもう会わへんって」


 そこまでしてもいいと思うくらい、彼にぞっこんだった。


「……そこまでしなくていいです。信じます。君のこと」


「……恋人になってくれるん?」


「……一つ、良いですか」


「うん。なに?」


「僕はずっと、同性愛者になるなと言われて生きてきました。君との関係が家族にバレてしまえば、きっと君は僕をたぶらかした悪人扱いされるでしょう」


「……もう俺のこと親に紹介する気でいるん?」


「ち、違います。そうじゃなくて……いつどういう形でバレるかわかりませんから」


「ええよ。俺は今まで、散々悪者扱いされてきた。やから、平気。……周りから何を言われても、先輩のこと離したりせぇへんよ。俺が先輩のこと守るから」


 彼を抱きしめる腕に力を込める。離したくなかった。守りたいと思った。


「……東堂くん」


「うん」


「……僕は強くなりたいです。君のように、堂々と生きたい。だから……」


「……『君に見合うくらい強くなるから待っててください』とか言わへんよな?」


 恐る恐る問うと、彼はいいえと首を振った。


「僕は、一人で強くなれる自信はありません。きっと、君が居てくれないと強くなれない。頼りない僕ですが、どうか、恋人として側で支えて貰えませんか」


 黙ってしまうと、彼は恐る恐る俺の顔を見上げた。そしてギョッと驚いた顔をする。その顔を見て、自分が泣いていることに気づく。フラれるのかと一瞬でも思った自分が、恥ずかしくなり、彼の頭を胸にしまい込む。


「んもぅ! 回りくどいなぁ! 普通に付き合ってくれって言えや! 昨日あんなにめちゃくちゃに抱きながら逃げるんか! この意気地無し! って言いそうになったやんか!」


「す、すみません。恋人になるなら、守られっぱなしじゃ駄目だと思って。僕も君のこと、守れるようになりたいんです」


「なんなんそれ……自分、俺のこと好きすぎやん……」


「……はい。好きです」


「俺も好き。最初は一目惚れやったけど、先輩のこと知って、どんどん、どんどん好きになって……なんかもう、嫌いなところなんて見つからんかもしれんって思うくらい好き」


「これから見つかりますよ。きっと」


「やだ! 先輩のこと嫌いになりとうない!」


「なんですかそれ……ふふ」


 くすくすと彼は笑う。上品な笑い方がたまらなく愛おしい。可愛い。昨夜俺を抱いた人と同じ人物とは思えないほど可愛い。ギャップがずるい。


「東堂くん」


「……先輩、恋人なんやから、名前で呼んでよ。昨日は呼んでくれてたやん。陽希くんって」


「えっ。いつ?」


「……えっちしとるとき」


「えっ……」


「えっ。嘘やん。無意識だったん?」


「えっと……そう……みたいですね」


 胸が締め付けられる。愛おしくてたまらない。


「な、なんやねんそれ。そんなん言われたら、先輩に名前呼ばれるたびに昨日の夜のこと思い出してまうやん……どうしてくれんねん」


「……じゃ、じゃあ、普段はハルくんって呼びます」


「陽希くんって呼んだらムラムラしとるって解釈すればええんやな」


「な、なんでそうなるんですか……やめてくださいよ」


「ははっ。冗談冗談。……これからよろしくな。幸人はん」


「はい。よろしくお願いします。ハルくん」


「うん」


 こうして、俺に初めての恋人が出来た。そのことはすぐに望海にメールで報告をした。すると彼女はすぐに電話をかけてきた。


「望海。……ごめんな。俺、お前に嫉妬しとった。あの頃、彼女がおる人に片想いしとって。幸せそうなお前を見るのが辛かったんや」


『うん。……冬休みにさ、そっち行くわ。ラーメン食いに』


「またラーメンかい」


『好きやろ。ラーメン』


「お前やろそれは」


『お互い様やろ。東京の美味いラーメン屋教えてや』


「おう。探しとくわ」


 彼女は自分のことのように喜んでくれて、今まで気まずかったのが嘘のように会話が盛り上がった。

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