第7話:愛のあるセックス
家に着くと、彼は全てを打ち明けてくれた。同性愛者になってはいけないと言われて育ったこと、初恋の男性に『いつか女を好きになれる』と言われたこと、普通になりたくて女性と付き合ったこと、彼女と付き合って自分は女性を愛せないのだと気づいたこと。
そして、兄も姉も結婚して、次は自分の番だと両親からプレッシャーをかけられていること。
俺の顔は見ずに、淡々と語る。読み上げるように、淡々と。だけど時折声を震わせながら。彼は泣かなかった。だけど、俺は泣かずにはいられなかった。俺の泣き顔を見て、彼はようやく涙を流した。後から聞いた話だが、男が人前で泣くのはみっともないと言われて育ったため、上手くなけなかったらしい。
彼の話を聞いて、泣き顔を見て、俺はもうたまらなくなってしまった。この人を守りたい。そう思った時にはもう、彼は俺の腕の中に居た。激しい心臓の音が聞こえる。それは多分、自分の音だけではない。そう信じたくて、想いを打ち明けた。
「俺な、先輩と初めて会ったあの日、先輩に一目惚れしたんよ。『大丈夫ですか?』って声かけられて、目があった瞬間、一瞬で心持っていかれた。先輩が俺と同じかもしれへんって気づいて、あ、これ、運命なんかなって思った。普段は運命なんて信じてへんけど、信じたくなるくらい、好きになってもうたんよ。なぁ……聞こえる? 俺の心臓の音」
「……はい」
「好きです。先輩。これは紛れもなく恋やって、俺は知っとる。初めて恋をしたあの日と同じ感覚やから。先輩は? やっぱり、知り合ったばかりやのに困るって言うん?」
「僕は……」
彼の手が服の裾を握る。微かに震えていた。
「……先輩。顔上げて。俺の目を見て」
囁くと、彼が顔を上げる。改めて、綺麗な顔だと思った。頬に手を触れる。彼は目を逸らしたが、嫌がるそぶりは見せなかった。
「なぁ、先輩。キスしてもええ?」
「……」
「あかん?」
「……っ……」
目を見て、逸らし、見て、逸らし、躊躇うように何度か繰り返した後、恐る恐る頷いた。床に置かれた彼の手に、手を重ね、ゆっくりと持ち上げ、口元に運ぶ。そして指の一本一本に唇の感触を伝えていく。その様子を見守る彼の瞳を盗み見る。情欲に濡れているように見えた。
五本の指に伝え終わると、今度は手のひら、甲、そして右手の親指、人差し指——最後に右手の甲に口付けると、彼の左手が恐る恐る近づいてきて、俺の頬に触れた。顔を上げると、彼と目が合う。どちらからともなく近づいて、唇が重なる。キスは初めてではなかった。だけど、好きな人とのキスは初めてだった。同じキスでも全然違うんだと思った。
一度だけでは足りなくて、もう一度。息継ぎを挟みながら、何度も繰り返す。彼の方から、俺を求めるように。それがたまらなく嬉しい。
「あかん……止まらへん」
「僕もです。っ……ん……」
「っ……!」
唇の隙間から、ぬるっと生暖かいものが入ってきて、舌に触れる。それだけなのに、身体が暑くてたまらない。抑えていた欲が爆発する。
彼の服のボタンに手をかける。何もしないと言ったことは、もう完全に忘れていた。触れたい。抱きたい。欲に支配されて、彼を押し倒そうとする。しかし逆に、押し倒されてしまった。驚いてしまうと、彼もハッとして俺の上から退く。
「す、すみません……がっつきすぎて引いてしまいましたか?」
「いや……その……えっと……そういう流れでええんやけど……え? 俺が抱かれる側なん?」
自分が抱かれることは考えてなかった。それは彼の方も同じだったようだ。沈黙が流れ、気まずい空気になる。
「俺さ……その……別に初めてやあらへんのやけど、ほとんど抱く側やったから、抱かれんのは慣れてへんのよ。やから……その……お手柔らかに、頼むな……」
「……はい」
「……ほな、とりあえずシャワー浴びよか。先ええよ」
「……はい。お借りします」
正直、抱かれるのは苦手だった。南原さんに無理矢理された日のことを思い出してしまうから。だけど、それ以上にここで断る方が怖かった。断ったら、去ってしまいそうで。繋ぎ止めたかった。その考えは良くないと分かっていた。分かっていたけれど、失恋するのが怖かった。
「東堂くん」
「おう……ちゃちゃっと浴びてくるから待っとって」
彼の顔は見れなかった。シャワーを浴びながら、そういえば女性と付き合ったことがあると言っていたことを思い出す。セックスもしたのだろうか。想像しかけて止める。
身体を拭いて、パジャマを着て部屋に戻る。彼はベッドにうつ伏せになっていた。右手の位置から、何をしていたのかなんとなく察した。声をかけると、慌てて起きあがろうとするが、上に乗っかって押さえつける。
「もしかして、我慢出来なくて一人でしてたん?」
揶揄うと、彼はか細い声で「み、未遂です……」と答える。思わず笑ってしまった。
「なんやねん未遂って。正直すぎやろ」
こんな正直な人なら、俺も正直に話しても良い気がした。だけどやっぱり言えなかった。この甘い空気を壊したくなくて、彼の上から降りて、彼を誘った。
「……ええよ。先輩。来て」
その日俺は、彼に抱かれた。嫌だけど、断ったらまた逃げられてしまうかもしれない。彼はそんな俺の不安を溶かすように、優しく触れてくれた。割れ物を扱うように丁寧に。こんなにも優しく触れられたのは初めてで、思わず泣いてしまうと、彼はぴたりと手を止めた。心配そうな顔をして「大丈夫ですか?」と問う。初めて出会ったあの日と同じ、優しい声だった。
「ちゃう……嫌なわけやない……こんなにも優しく触られたの初めてやさかい……続けてええよ……続けて……」
「……はい」
丁寧な愛撫が心の傷を癒していく。初体験の苦い記憶を上書きしていく。この人を好きになって良かった。心からそう思った。
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