第6話:友達

 それから俺は、出会い系サイトでマサと名乗る一人の男性と知り合った。相性の良い人だった。心も、身体も。だけど、恋に落ちることはなかった。彼はセックス出来る男なら誰でも良くて、俺はただ彼を先輩の代わりにしていただけだったから。セックスはするけれど、友人以上の関係にはならない。お互いに本名は知らない。別に興味無い。その冷めた距離感が心地良かった。依存しなくて済むから。

 南原さんはずるかった。あの人は中途半端に優しかった。逆に、マサくんは冷めていた。曰く、彼には恋や執着が分からないらしい。


「サイコパスってよく言われるけど……恋なんて、しない方が楽じゃない? 執着して、依存して、傷つけあってさ……ねぇ?」


「まぁ……確かにわかる。……しんどいよ。恋は。……けど、したなくても、してまうんよ」


「急に落ちるものだってよく聞くけど、そういうもん?」


「そういうもん。俺は一目惚れやった」


「それはただの性欲じゃない?」


「ちゃう……性欲だけやったら、あの人じゃなくてもええもん」


「ふーん……やっぱ俺にはわかんねぇわ」


「……羨ましいわ。俺も知りたかなかったもん。こんな感情」


「……もう一回、慰めてあげよっか」


「あんた、性欲強すぎやろ……」


 何度彼を抱いたって、先輩が心の中から消えてくれることはなかった。




 それから数週間後のある日の夜。俺は彼ととあるラブホテルに入った。男同士であることを理由に入店拒否され、彼の家に行くためにタクシーを呼ぼうとした時だった。


「東堂くん!」


 誰かが俺の腕を掴んで引き止めた。先輩の声だった。振り返るとそこにいたのは、紛れもなく幸人先輩だった。


「……先輩も来る?」


 そう煽ると、彼は怯んだ。だけど、手は離さなかった。


「冗談や。つか、関わらんで言うたの先輩の方やん。手、離して」


「っ……」


 彼は首を振る。


「なんや。先輩が代わりに相手してくれるん? それなら別にそれでもええよ。マサくん、帰ってええよ」


「おいおい。んだよ。呼び出しといて」


「ははっ。悪い。タクシー代は出すわ。釣りは取っといて。ドタキャンしたお詫び」


 マサくんに一万円札を渡す。彼はそのお金を受け取ると「しゃあない。他当たるわ」と言いながら渋々去って行った。


「……先輩、行こか。俺一人暮らしやねん。セフレは家に入れへんけど、先輩なら特別に入れたるわ。おいで」


「……帰ります」


「あかん。帰さへんよ」


「は、離してください……」


「……そんな怯えんでも、なんもせぇへんよ。なんもせぇへんから、せめて話くらいはして行ってや。話したくて引き止めたんやろ。俺のこと」


「話したいことなんてないです」


 関わらないでと突き放したかと思えば心配するような顔をして、かと思えばまた逃げようとする。思わずため息が漏れた。


「ほんなら手ぇ放したるわ。二度と先輩に関わらんって誓ったる。けど、先輩も俺に二度と関わらんって誓ってくれ。俺がどこで何をしてても止めへんって。俺らは友達でもなんでもないんやから。ほっといてくれよ」


 苛立ちを露わにしてしまうと、彼は黙って俺の方を向き直した。


「俺のこと心配してくれるんならうちおいでよ先輩。ちゃんと話しようや。意地張っとらんとさ。なぁ。自分に嘘つくの苦しいやろ?」


「僕は……」


「先輩はどうしたいん。俺と関わりたいん? 関わりたくないん? 俺は初めて会った時も言うたけど、先輩のこと知りたい。先輩と仲良くなりたい」


「それは……僕が仲間かもしれないからですか」


「……うん。正直、同情もある。エゴやも知れへんけど……俺は、同性を好きになるだけで世間の偏見や差別に苦しむことになる世の中を変えたいねん。やから俺は矢面に立っとるんや。隠れとったら、おらんことにされるから。俺はここにおる。あんたらと同じ人間なんや。化け物やあらへんでって。分かってほしいから。あんたみたいな人に、堂々としてええんやでって訴えたいから。大丈夫やでって。やから……先輩」


 彼に手を差し伸べる。彼がその手を取ろうとした瞬間だった。


「!」


 彼の携帯電話の着信音が鳴る。ケータイを開いた彼は、一瞬躊躇ってから応答した。


「……今、バイト帰りにたまたまと会って。今からこのまま、カラオケ行ってきます」


 相手は恐らく、親なのだろう。意外と自然に嘘をつける人なのだなと思った。


「友達です。男友達。……はい。……はい」


 通話を終えた彼は俯き、深いため息を吐く。


「……今、友達言うたな。俺のこと」


「……言いました」


「ええんやね?」


 彼は顔を上げ、こくりと頷いた。


「……おおきに。ほな、行こか。あー……えっと、一応念押ししとくけど、下心はカケラくらいしかないから安心してな」


「カケラはあるんじゃないですか」


「そこは聞き逃しぃや」


「……好きなんですか。僕のこと」


「……正直、タイプやなとは思うてるよ。やから言うたやん。先輩の恋人に立候補したいって」


 差し伸べた手に、彼の手が恐る恐る重なる。外れてしまわないようにしっかりと握って、家まで引いて歩く。小さくて可愛い手だった。だけど、硬くて、ゴツゴツしていて、ちゃんと男性の手だということが分かる。

 何もしないと言ったが、家に近づくたびに、何もせずにいられる自信が無くなっていく。溢れ出す感情を抑えながら、帰路に着いた。

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