第5話:知らないふり

 これを口実に彼と話をしようとしたが、彼は俺の姿に気付くと逃げ出してしまう。避けられているのは明らかで、声をかけることすら叶わなかった。どうしたものかと悩んでいると、九条という同級生が声をかけてくれた。彼も俺と同じくゲイだった。


「そうなんや」


「うん。……だから俺、東堂と仲良くなりたくてさ。初めてだったから。俺と同じ、男が好きな男に出会えたの」


「意外とおるもんやで。みんな隠れとるだけで。地元の高校には結構おったから」


「そうなんだ……」


「うん。だから、大丈夫やで。……ところで九条。一つ頼んでもええ?」


「何?」


「これ。倉田幸人っていう先輩に返しておいてほしい。落とし物なんやけど……先輩、俺の顔見ると逃げちゃうから」


 俺は彼に先輩のペンを託した。九条はそれを複雑そうな顔で受け取り、ポケットにしまった。


「……好きなの? その先輩のこと」


「……一目惚れやった。やけど……ちょっと、ぐいぐい行きすぎたかもしれんな」


 ため息を吐くと、彼は何かを言いかけてやめた。何を言いかけたかは、なんとなく察した。だけど気づかないふりをした。俺じゃ駄目かと問われたら、甘えてしまいそうだったから。甘えるなら、俺に対して恋愛感情を抱かない人が良かった。傷つけなくて済むから。


「……よろしくな。九条」


「……分かった」


「おおきに」


 それから数日後、先輩とたまたまぶつかったが、やはり声をかける前に逃げられてしまった。


「東堂。ペン、渡したよ」


「……おおきに」


「……なぁ、東堂」


「ん?」


「……俺じゃ駄目か?」


 ぽつりと呟かれた言葉は、はっきりと聞こえた。だけど、聞こえないふりをした。


「え? ごめん。なんて?」


 言わないでくれと圧をかける。すると彼は「なんでもない。頑張れよ」と笑顔を作った。痛々しい笑顔だった。

 あの頃、高橋先輩の惚気話を聞いて笑う俺もきっと、こんな顔をしていたのだろう。だから南原さんにつけ込まれたのだろう。そんな気がした。

 

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