第4話:まるでシンデレラ
東京の大学を選んだのは、地元を離れたかったから。セフレの南原さん、片想いしている高橋さん、そして気まずくなった幼馴染の望海。彼らから逃げたかった。出来るだけ遠くへ。ただ、それだけだった。
大学生になっても、同性愛者に対する差別は相変わらずだった。高校生に入学したばかりの頃と同じ状況だった。
「お前、ホモなんだって?」
「たしかに俺はゲイやけど、別に男なら誰でも良いわけやないよ。安心してや。お兄さんは俺のタイプちゃうから。はい、話終わりー」
「おい、待てよ!」
「何やねんもー……自分、俺のこと好きなん?」
「はぁ!? んなわけねえだろ! 一緒にすんな!」
「じゃあなんでいちいち俺に突っかかってくるん? 一緒にされたないなら俺に関わらん方がええんちゃう? あんま俺に突っかかっとると、付き合ってるんかって噂になるで? 俺もそれはちょっと、勘弁やわぁ……」
揶揄われても、飄々とした態度を貫いた。怯まないと分かると、相手はつまらなさそうに去っていく。高校生の頃もそうだった。だから、堂々としていれば大丈夫。あの頃みたいに時間が解決する。そう自分に言い聞かせた。
「……けど、やっぱしんどいもんはしんどいわ」
高校生の頃は望海が居た。改めて彼女の存在の大きさを感じた。
帰りたい。そう思い、しゃがみこんだ時だった。足音が聞こえてきて、ふっと影が俺を包む。
「……大丈夫ですか?」
陽だまりのような、暖かい声だった。顔を上げるとそこには、心配そうに俺を見つめる男性が居た。その姿が、初恋の先生に重なった。
胸が高鳴る。「大丈夫ですか?」というたった一言で、俺は彼に恋に落ちた。
「あの、大丈夫……ですか?」
「……うん。平気平気。よくあることやから。おおきにな」
笑って見せると、彼は余計に心配そうな顔をしてしまった。優しい人なのだなと思った。この人のことを知りたい。仲良くなりたい。そう思った。
「俺は
「僕は……
「ほーん。サチト。珍しい読み方やね。って、先輩ですか? タメかと思いましたわ」
「……あの、東堂くん」
「うん。なんです?」
「君は……その……男の人が好きなんですか? あの、話が……聞こえてしまって」
「……そうやけど。何?」
「なんで……そんな堂々としてるんですか」
彼は俺から目を逸らしながらそう問う。その不安そうな表情から、彼も俺と同じなのではないかと察した。俺にカミングアウトしてきたマイノリティな子達と同じ表情だった。世間の目に怯えている表情。
「なんでって……別に俺、悪いことしてへんもん。逆になんでコソコソせなかんの?」
「……いじめられたり、しないんですか」
「するよ。ずっといじめられてきた。けど、諦めずに話せば分かってくれる人も居る。敵ばかりやあらへん」
「……」
「……先輩は味方やろ? てか、こっち側の人やろ?」
「こっち側って……」
「俺と同じなんやろ。先輩」
俺がそう言うと、彼は立ち上がり、食い気味に否定した。俺も立ち上がる。彼は意外と小さかった。望海もこれくらいだったなと思いながら見つめていると、彼は目を逸らして一歩下がる。怯えているのは見て明らかだった。
「なぁ先輩、恋人おるん?」
「……今はいません」
「ふーん。じゃあ、立候補してええ?」
「へっ……」
間の抜けた声を上げて、彼は俺を見る。冗談ではないことが伝わったのか、動揺するように瞳孔を開いて、慌てて逸らした。
「っ……か、揶揄わないでください……」
「本気やで。半分くらいは」
「初対面で『恋人に立候補していい?』とか言われても……困ります……」
「……男だから無理とは言わへんのやね」
指摘してやると、彼はハッとして俺を見た。
やはり彼は男性が好きなのだなと確信する。
「そんな怯えんでええよ。誰にも言わへんし、バラされたくなかったら抱かせろとも言わへん。ただ……恋人に立候補したいってのは、本音やで。俺、先輩のこと知りたい」
「そ、そういうのは……ある程度仲良くなってからでは……」
「んじゃ、まずはお友達から」
彼に手を差し伸べる。彼はその手を取りかけたが、指先が触れた瞬間、引っ込めた。そして首を振り、俯いたまま震える声で早口で言う。
「む、無理です。僕は、君と友達にはなれない。ごめんなさい。も、もう僕には関わらないでください」
そう言って、彼は逃げてしまった。一本のペンをその場に残して。
「……まるでシンデレラやな」
拾い上げて、柄にもないことを呟いた自分に苦笑した。
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