第3話:悪魔の誘い

 彼女という味方をつけた俺は、彼女と共に、自身が同性愛者であることを公言するようになった。最初は攻撃されたが、彼女と互いに守り合いながら堂々と過ごしているうちに少しずつ受け入れられるようになっていき、数ヶ月もすれば俺たちを悪く言う人が居なくなるどころか、自分も同性愛者なのだとカミングアウトをする人が出てきた。

 俺達が二年生になる頃には、同性愛を悪くいう人はほとんど居なくなっていた。

 すっかり平和になり始めたある日、彼女から恋人が出来たと報告を受けた。


「マジか……」


「マジや」


「プロポーズまでしたくせに! 裏切り者! 酷いわ! 私とは遊びだったのね!」


「おう。あんたは親友やで」


「……つっこめや」


「知りたいか? 相手。知りたいやろ? 教えたるわ」


「はよ言えや」


「あんたと同じクラスの北山さんや」


「北山……あー……あのおっぱいのデカ「言っとくけど、胸に惚れたわけやあらへんからな!? 巨乳は好きやけどちゃうからな!?」……何も言うてへんやん……」


 その日はお祝いに、彼女とラーメンを食べに行った。


「またラーメン」


「好きやろ?」


「めっちゃ好き。最高」


「ならいちいち不満そうな顔すんなや。めんどくさいな」


 と、最初は彼女を祝福する余裕があった。寂しさはあったが、彼女が幸せならそれで良いと思った。


 しかし、しばらくすると俺は一人の男子に恋をした。女性の恋人が居る、バイト先の大学生だった。叶わない恋をしてしまった俺は幸せそうな彼女に嫉妬するようになり、一緒に居るのが辛くて避けるようになった。


『女同士はアリだけど、男同士はないよな』


 今まで気にならなかったそんな声が、鋭い刃となって心を抉った。

 そんな時だった。


「僕な、前からハルくんのこと良いなって思ってたんや」


 バイト先の南原なんばらさんという先輩に告白された。好きな人が居るからと断ると、彼は言った。


「知ってるよ。高橋でしょ?」


「……はい」


「知っとるよ。僕、ハルくんのこと、ずっと見とったから」


 路地裏の壁に追い込まれ「僕が忘れさせたるわ」と囁かれる。押しのけて逃げようとすると、強引に唇を奪われた。初めてのキスだった。


「っ……! ちょっ……何すんねん!」


 一度は押しのけた。だけど、彼の真剣な瞳に囚われ、動けなくなる。


「好きやで。ハルくん。僕にしときなよ。辛いやろ? ノンケへの叶わない恋は。せやから……僕のこと、あいつの代わりにしても良いから。な?」


「代わりなんて……そんなの……っ……! やだ……やめ……っ……」


 初めてのキスは、怖いのに気持ち良くて、わけが分からなかった。後に分かるが、この人は異様にキスが上手かった。多分、遊び慣れていたのだろう。


「ねぇハルくん……このままうちにおいで。僕、一人暮らしだから。ハルくんの寂しい心、埋めたるさかい」


 この人に関わっては駄目だと、頭では分かっていた。だけど俺は誘惑に勝てず、誘われるがままに、彼の家について行ってしまった。そして抱かれた。彼は手慣れていた。そういう経験が豊富なのは明らかだった。対して俺は、キスすらも初めてで、何も出来なかった。彼の姿を、片想いしている高橋さんに重ねて、最低だと自己嫌悪に苛まれながらも、快楽に溺れた。




 俺を抱いた後、彼はタバコを吸いながら言った。


「付き合おうか。身体の相性も良さそうやし」


「……そういうのって、付き合ってから確かめるもんやないんですか」


「僕は先に確かめたい派」


「……ヤりかっただけでしょ」


「……じゃあセフレになる? 僕はそれでも構わへんけど」


「やっぱヤリたいだけやん……」


「ええやん。ハルくんだって、気持ち良かったやろ?」


「……痛かった」


「そうは見えへんかったけど」


 正直、良くなかったとは言えなかった。だけど、心まで堕ちたくはなかった。この人は危険だと本能が告げていたから。


「あんたとは付き合いとうない。未成年に手出す人がまともなわけあらへんから」


「未成年って。三つしか変わらへんやん。俺も最近まで未成年やったし。てか、のこのことついて来たのはハルくんの方やろ? 俺はちゃんと逃げる隙を与えてあげたのに」


「無理矢理キスしといて……」


「ええやんキスくらい。初めてやないやろ?」


「初めてやったわ。ボケ」


「あら。そりゃ失敬」


「とにかく、あんたとは付き合いません。セフレにもならへん。これっきりやさかい」


「えぇー! そんなぁ!」


「帰ります」


 ベッドから立ち上がり、帰ろうとしたその時だった。腕を引かれ、ベッドに引き戻される。


「最後にもう一回だけ。ね?」


 そう言って彼は俺の体に手を這わす。誘惑を払い除けて、家を出た。


 だけど二度目は、俺から彼を求めた。好きな人がバイト先で彼女とキスをしているところをたまたま見てしまい、耐えられなくなった。


「ハルくんが僕に犯されとるところ録画して、高橋に見せてやろうか」


「やめろボケ」


「冗談冗談。僕もそこまで鬼やない。またこうやって君を抱ける日が来て嬉しいよ。しかも君の方から来てくれるなんて」


「……勘違いすんなや。今日はあんたが抱かれる側や」


「へぇ……ええよ。ハルくんなら、抱かせたるわ」


「どうせ抱かれ慣れとるくせによう言うわ」


「抱くのは慣れとるけど、抱かれんのは慣れとらんよ」


「嘘つけ。クズ」


「そのクズを現実逃避に利用しようとしとる君も同類やで」


「……うっさい。黙って抱かれてくれ。あの人の代わりに」


「ええよ。好きにしぃや」


 こうして、彼を高橋さんに重ねて抱いたその日から俺は、彼のセフレになってしまった。

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