side陽希

第1話:カミングアウト

 初めての恋は、幼稚園の先生。先生は男性だった。


「おれ、おとなになったらせんせいとけっこんする!」


 こういうと「同性同士は結婚出来ない」と現実を突きつけられるのがお決まりだと思う。俺もそうだった。だけど、先生はこう続けた。


「同性同士でも結婚できる国はありますから、日本もいつかは出来るようになると思います。それがいつになるか、僕には分からないですけどね」


 そう語る先生の寂しそうな顔は今も脳裏に焼き付いている。先生はもしかしたら、ゲイだったのかもしれない。本人から聞いたわけではないから推測でしかないが。

 ちなみにその先生は、俺が卒園した後に異動してしまった。どこへ行ったのか分からないが、噂によると保護者から苦情がきたらしい。『うちの子にいつか同性婚が日本で認められるなんて間違った知識を吹き込むな』と。そのクレームを入れたのは決して、俺の親ではないと信じている。


 中学生になると、周りは恋愛の話題で持ちきりになった。相手が異性前提で恋の話をする友人達に違和感を覚えたのは初恋の先生の言葉があったからだろう。同性に恋をする人も当たり前に存在していると、先生が教えてくれたから。だけど、俺は言えなかった。自分は女に興味が無いと。世界は先生みたいに優しくはないと悟ったから。

 救いだったのは、親が味方になってくれたこと。友人には言えなくても、親には知って欲しかった。自分が異性愛者ではないことを。


「俺な、男やけど……男が好きなんや。初めて恋をした時からずっと」


 親の答えは意外なものだった。


「……そんな気はした」


 それだけだった。


「……えっ、それだけ?」


「……すまん。何を言ってやればええか分からんのや。ただ……俺も陽子も、お前には幸せになってほしいと思うとる。やから……こんなこと言うのはあれやけど、出来れば、女性と恋愛してほしい」


「……あのな。立花たちばな先生っておったやろ? 幼稚園の。俺、あの人に言われたんよ。『同性同士でも結婚できる国はありますから、日本もいつかは出来るようになると思います』って。俺はずっとその言葉を信じてきた。あれから十年経ってもそのいつかは来てへんけど……信じることを、諦めたないねん。やから……俺は異性と結婚することは、多分あらへんよ」


「……そうか。分かった」


「分かってくれてありがとう。……おかんは? ずっと黙っとるけど」


「……うちもお父さんと同意見です。あんたの幸せを願っとるさかい、うちらの思う幸せを押し付けることはせえへん。あんたの人生や。好きに生きなさい。……子が幸せに暮らせるように支えるのが、親の役割さかいね」


 そう言って母は、俺を抱きしめた。二人の子に生まれたことを心から感謝した。

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