第12話:暖かい家庭

 お互いにプロポーズを終えた僕らは、彼の両親の元へ挨拶へ行くことになった。


「スーツの方が良いですかね」


「なんでやねん。いつもの私服でええよ」


「でも……」


「緊張しすぎやて。ほら、一緒に手土産買いに行くで」


「何か他に準備しなきゃいけないものは……」


「あれへんあれへん。そんな緊張せんでも大丈夫やて。親も俺がゲイやってこと知っとるし。会えるの楽しみにしとる言うとったよ。大丈夫大丈夫。俺の両親はあんたの両親とちゃう。受け入れてくれるよ」


「……はい」


 手土産を用意し、彼の運転で彼の実家へ向かう。彼の実家は京都。ここ東京からは車で約六時間。新幹線で行けば早いが、移動中に人目を気にせずに会話できるからという理由で、敢えて車を選んだ。


「いちゃいちゃしたくなったらいつでも出来るしな」


「それが本音ですか?」


「んふふ」


「帰るまで我慢してくださいね」


「えー」


「えーじゃないです」


「せえへんの? カーセッ「絶対しません」


 そんなくだらない会話をしながら、車を走らせる。六時間という長い時間移動時間だが、彼と一緒なら全く苦ではなかった。


「着いたでー。ここが俺ん家や」


 車を降りて、彼の実家の玄関と向き合う。その瞬間


『出て行け! お前はもううちの息子じゃない! 二度と顔を見せるな!』


 父の言葉が蘇り、足がすくんだ。


「……大丈夫?」


「……すみません。実家のこと、思い出してしまって」


 分かっている。彼の両親と僕の両親は違うと。快く受け入れてくれる。分かっているはずなのに、足が動かなくなる。すると彼が僕の手を握った。


「ハルくん……」


「大丈夫。俺がついとる。怖くあらへんよ。大丈夫」


 彼の優しい声が、笑顔が不安を溶かす。足が軽くなり、彼の手に惹かれるがまま、庭に足を踏み入れる。

 彼がインターフォンを押す。インターフォン越しに「今行きます」と柔らかい雰囲気の女性の声が聞こえた。

 ドアが開く。


「おかん。久しぶり。親父は?」


「おるよ。その人が陽希の恋人?」


「せや。俺の大学の一個上の先輩」


「……倉田幸人です。あの……これ」


「あぁ、ご丁寧にどうもぉ。そんな緊張せんでもええよ。さ、中にお入り」


「……はい。お邪魔します」


 家の中にいた彼の父親も「いらっしゃい」と笑顔で僕を迎えてくれた。


「初めまして。倉田幸人です。……陽希くんと……お付き合いさせていただいてます」


「陽希から聞いてます。陽希のこと、これからもよろしゅう頼みますわ」


「……本当に、僕で良いんですか」


「どんな人を選ぶかは、陽希に任せとる。よっぽどひどい人やったら流石に反対するけど、あんたなら大丈夫や。陽希の幸せそうな顔見ればわかる。悪い人には見えへん。……性別はどうでもええ。大事なんは、息子を幸せにしてくれるかどうか。ただ、それだけや」


「幸せやで。めっちゃ」


「見ればわかる。もう一度言います。幸人はん。うちの息子をよろしゅう頼みます」


 彼の実家は暖かかった。暖かすぎて、思わず泣いてしまった。

 生まれ育った場所に居場所は無かった。家を追い出されたあの日、覚悟をしていてもショックだった。だけど、その日僕は、あの日家を捨てて彼を選んだことは間違いでは無かったと確信した。絶望の底にいた頃からは考えられないくらい、希望に満ち溢れていた。

 幸せだった。この幸せは一生続くんだと、幸せな人生を死ぬまで彼と共に歩んで行くのだと、信じて疑わなかった。

 

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