第13話:突然の別れ
九月二十八日。その日は僕の誕生日だが、僕は二十四歳の誕生日を最後に、自分の誕生日を祝えなくなった。
「ただいま」
僕らは大学を卒業すると互いに別々の企業に就職した。就業時間は同じだが、彼の方が家から近く、先に帰ることが多かった。しかし、その日は珍しく僕が先だった。
一時間待っても、彼は帰って来なかった。誕生日だから、何か買って帰ってくるのだろうかと期待して待っていたが、二時間経っても彼は帰ってこなくて、流石に心配になり、電話をかけた。しかし、出なかった。もう一度かけようとした時だった。ケータイの着信音が鳴り響いた。彼の実家からだった。嫌な予感がして、一瞬出るのを躊躇った。
「はい。幸人です」
「幸人くん……! あのね……陽希が——」
「えっ……」
電車は、陽希が交通事故に遭ったとの知らせだった。
その先の言葉を聞くより先に、身体が動いていた。車に乗り込んでから、搬送先を聞いていないことに気づき、折り返し電話をかけた。
車を走らせて、彼が運ばれた病院へ向かった。着いた頃には彼はもう意識は無くて、集中治療室に入っていた。家族ではないからと面会を断られ、外で待っていると、彼の両親が泣きながら出てきた。陽希は出てこなかった。
「……ハルくんは……?」
聞かなくても察した。だけど聞かずにはいられなかった。わずかな希望を抱かずにはいられなかった。彼の両親は、黙って首を横に振った。そして彼の母がぽつりと言う。「亡くなりました」と。
僕はその日二十四歳になったばかりで、彼は二十三歳。彼は社会人になってまだ半年も経っていなかった。あまりにも早すぎて急すぎる別れな上に、死に目に遭う事さえ許されなかったことに絶望した。その日のうちに彼の後を追いかけようとしたが、彼の両親に止められた。彼は最期にこう言ったらしい。『あの人が俺のこと追いかけて来ようとしたら止めてやってくれ。まだ来たらあかんって』と。それを聞かされてしまってはもう、生きるしかなくなってしまった。最期の最期に、彼は僕に生きろと呪いをかけたのだ。その優しい呪いは、当時の僕にはあまりにも残酷に思えた。彼の居ない世界に生きる意味なんてないのに。
「……幸人くん。これを」
彼の両親から渡されたのは、陽希がはめていた指輪だった。奇跡的に無傷だった。だけど、帰ってきたのは指輪だけで、彼は待てど暮らせど帰ってこなかった。傷一つない綺麗な指輪が憎らしかった。なんで彼を守ってくれなかったのかと。
天罰なのかと思った。家族を見捨てて、彼を選んだ僕に、バチが当たったのだと自分を責めた。だけど、彼の両親は言ってくれた。「息子を愛してくれて、幸せにしてくれてありがとう」と。そして続けた。「君にも幸せになる権利がある。それを求めることを罪だと言う権利は誰にもない。例え実の親でもだ。君は天罰を受けるようなことはしていないよ」と。
あぁ、この人達に育てられたから彼はあんなにも優しい人になったんだと思った。今すぐにでも彼の元へ行きたかった。だけど彼はそれを望まないし、この優しい人達を残して逝くなんて出来なかった。
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